文字数 2,618文字

 カンタロウは物音をたてないように、慎重に草むらを進んでいく。

 鼻に緑の匂いがつく。

 草を踏まないように、動かさないように、神経が集中される。

「なあ、アゲハ。もっと慎重にしたほうが、よくないか?」

「えっ? なんでよ。今がチャンスじゃん」

 アゲハはカンタロウに振りむきもせず、さっさと先に進んでしまう。

 カンタロウは止むをえず、アゲハの後ろにつきながら、敵の確認をした。

 エコーズの両目がグルリと動いている。白い歯がカタカタと、小さな音をたてた。

 ――あのゴーストエコーズ、口が動いている?

 カンタロウはそれに気づき、目を離せない。

「よし、準備はいいな。カンタロウ君。ランマルとマリアも、配置についたみたいだし」

 ゴーストエコーズのむこうにある茂みに、二人の姿が見えた。準備ができたのか、ランマルが手を上げる。

 アゲハは剣を手に取った。

 ゴーストエコーズの赤い目が、ギョロリとカンタロウを睨んだ。

 それにカンタロウは気づき、

 ――目が……。アイツ、こちらに気づいている。それなのに、なぜ動かない?

 ゴーストエコーズの目はランマルの方にもむけられる。コチラが攻撃をしかけようとしていることに、気づいている。それなのに、まったく動く気配がない。

 カンタロウは、ゴーストエコーズの口を読んでみた。

「……クルナ……クルナ……クルナ……クルナ」

 言葉を解読し、カンタロウは愕然とした。

 ――まさか!

 冷水を頭からかぶったような恐怖。

 カンタロウの読みが正しければ、敵を追いつめたのではない。

 自分達が、追いつめられているのだ。

「待て! アゲハ!」

 カンタロウはアゲハにむかって叫んだ。

 アゲハはすでに、ランマル達に攻撃の合図をだしていた。

「よしっ! 合図だ! マリア、俺の後ろについてこい!」

「はいっ!」

 ランマルとマリアが、素早く茂みからでていった。武器を手に持ち、ゴーストエコーズに立ちむかっていく。

 ゴーストエコーズの両目が、死の恐怖で大きく見開いた。

「くそっ! ランマル! マリア! 罠だ!」

 カンタロウは赤眼化すると、非常に速いスピードで、ランマル達にむかって走りだす。

「へっ?」

 ランマルは意味がわからず、走りを止めることができなかった。

 刹那、ゴーストエコーズが自爆した。自らの体を破裂させたのだ。鋭く長い針を、四方に飛び散らせた。

「いいっ?」

「ああっ!」

 ランマルとマリアにむかって、鋭い針が飛んでくる。二人は逃げることができず、そこで立ち止まった。

 針は容赦なく、二人の全身を貫きにかかる。

「はっ!」

 カンタロウが二人の前に立った。刀を抜き、異常に速い剣術で、針を打ち落とす。

 空中に打ち上がった針は、地面に突き刺さった。

「なっ、なんだ? 何が起こったんだ?」

 ランマルはその場に尻餅をついた。

「……これは、毒針?」

 マリアが地面に刺さった、針を抜いて調べてみた。先に紫の毒が塗られてある。

 体内に入れば、致命傷はさけられない。

 カンタロウの耳が動いた。何かがきしむ音が聞こえる。

 破裂したゴーストエコーズがいた場所に耳を傾けると、洞窟の壁に亀裂が入っているのが見えた。

 カンタロウは、顔色を失い、

「ランマル! 土砂崩れだ!」

 カンタロウの叫びが、土砂の中に埋まった。

 地響きが続いていた。

 山の崩れが終わったのか、音が次第にやんでいく。

 静寂が訪れた。

 ――危ない危ない。やっぱ罠だったか。三重にも罠をしかけてるとはね。

 茂みに隠れていたアゲハは、すべてが終わると、ひょっこりでてきた。

 木に刺さった毒針を抜くと、一通り調べ、ポイッと地面に捨てる。

 カンタロウ達は、土砂の中に完全に埋まってしまい、姿すら見えない。

 ――あのエコーズは恐らく第二種。どこかにあれより上位種がいて、そいつがコンタクト・リンクで、操ってたって所かな。

 コンタクト・リンクとは、上位種が下位種を操るための能力だ。

 第一種エコーズは、第二種エコーズを操ることができる。これはゴーストエコーズ特有の能力で、本家のエコーズは持っていない。

 ――やっかいな能力。私達エコーズには、そんな便利な能力ないもんね。

 アゲハは腰に手を置くと、森の奥を眺めた。

 ――さてと、そいつを探さないと。ごめんね。カンタロウ君。私にはやらなきゃならない仕事があるの。

 アゲハは、森の奥へ入っていこうとした。

 足下が揺れた。

 どこからか、地鳴りが響く。

「何っ?」

 アゲハの後ろで、土砂が空高く舞い上がった。土が雨のように、降りそそぐ。

 アゲハは手で、顔を防御した。

 崩れた土砂に、ポッカリと丸い穴があいている。

「わはははっ! 見たか! これが俺の神文字『ソル』の能力、土神の力だ!」

 ランマルがその穴の中で、有頂天となり大笑いした。右目は赤く、右目下の頬には、神文字であるソルがしっかりと刻まれている。

 主に土の魔法を発動できるのだ。

「ゴホッ、ゴホッ、もう少し速く発動させてくれ」

 カンタロウが咳をする。腕の中では、マリアを抱えていた。

 三人とも土砂の中で、生きていた。

「まあ、無事でよかったじゃないか。お前達」

 ランマルが誇らしげに、親指を立ててみせた。ようやく自分が活躍できて、嬉しいようだ。

「……う、ん」

 マリアの意識が戻った。

「大丈夫か? マリア?」

 カンタロウは心配そうに、マリアを見下ろす。

「えっ、ええ……ありがとうございます。カンタロウ様」

 マリアは助けられたことを知り、カンタロウの胸に顔を寄せ、微笑んだ。

「ふう……」

 皆が無事であることに安心し、カンタロウは息をついた。

 ――うわっ。生きてたよ。さすが、しぶといねぇ。……よしっ、助けに行ってやるか。

 アゲハは土砂に乗ると、穴に歩いてむかった。

 土砂の先では、木が押し潰されている。それを見て、自分の判断の正しさに確信を持てた。

 それは、仲間を見捨てるという判断だった。

「ヤッホー。無事で何よりだね。縄とかいる?」

 アゲハは穴につくと、中にいる三人にむかって叫んだ。

 穴はあまり深くない。五メートルぐらいの深さだ。

 土神の魔法のせいなのか、綺麗な円柱が出来上がっている。

「……アゲハ」

 カンタロウが見上げたとき、アゲハは日陰となっていて、その表情がよく見えなかった。

 マリアはアゲハを認識すると、息をつまらせた。

「必要ない。俺が二人を抱えて、飛んでやるよ」

 赤眼化したランマルは、真紅の右目で、ウインクしてみせた。
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