鉄人の弱点

文字数 2,923文字

 鉄人とカンタロウの死闘が始まった。

 刀と鉄の鎧から、激しい火花が飛び散る。

 互角の戦いを繰り広げていたが、しだいにカンタロウが圧倒されだした。

「はっ!」

 カンタロウが鉄人の首を狙って、刀を振り上げる。

 鉄人はあっさりかわし、後ろに回ってきた。

 カンタロウの頭にむかって、掌底を突きだす。

「くっ!」

 カンタロウはギリギリの所でかわした。

 風圧だけで、服が引きちぎられる。

 片目を閉じてしまった。

 ――少し油断するだけで、すぐに後ろを取られる。あの図体でなんて速さだ!

 カンタロウが考えるより先に、鉄人が右足の後ろ回し蹴りで攻撃してきた。

 鉄の踵が、カンタロウの脇腹を捕らえる。

 カンタロウは飛んでかわす。

 跳力は、軽く鉄人の背丈を超えた。



「隙だらけだぞ?」



 鉄人は片足だけで空を跳んでいた。

 カンタロウと、同じ目線にまで追いついている。

 大きな体を竹のように、しなやかに動かすと、左足を使って跳び蹴りをしかけてきた。

「はっ!」

 カンタロウは風の魔法で、地面に風圧をかけると、さらに上に飛んだ。

 体を前に回転させ、鉄人の上を越える。

「なっ?」

 驚いている鉄人の後ろに、カンタロウは着地した。

 ――後ろを取った!

 カンタロウは風の魔剣を作ると、鉄人の胸にむかって突く。

 鉄人の鎧にヒビが入っている部分なため、弱点だと思ったのだ。

 カンタロウの魔剣は鎧で止まり、中までは貫通しない。

 ――動かない?

 呆然としているカンタロウを無視し、鉄人は魔剣を手で握った。

「ふんっ!」

 鉄人は剣を握り潰す。

 魔剣は悲鳴のように、風をうねらせると、姿を散らせた。

「くそっ!」

 我に返ったカンタロウは、その場から離れる。

「なるほど。お前の一系統神魔法は風神か。しかも魔剣術を使えるとはな。楽しませてくれる」

 鉄人の首が、ゴキゴキと響いた。

 カンタロウは思考を巡らせ、

 ――駄目だ。あの胸のヒビは、アイツの弱点じゃない。魔剣が効かないのなら、この刀ですら、あの鎧を貫けない。

 チラリと、アゲハの方をむいてみる。

 アゲハは不安気な視線を、コチラにむけていた。

 次に黒く焦げた、大穴の方を眺める。


 神脈結界の中に鉄人を閉じ込め、神脈を暴走させた残骸だった。


 ――すごいな。アゲハは。こんな化け物に立ちむかうなんて。剣がつうじなかったから、何らかしらの強力な神魔法を放ったんだ。だけど、アイツは倒せなかった。

 視覚の情報から、カンタロウは結論を導きだした。

 アゲハの強さを肌で感じる。

 それ以上の敵が、今目の前にいる。

 ――あの鎧に、魔法はつうじない。あそこを狙うしかない。

 カンタロウの次の攻撃方法が決まった。

 アゲハは、無意識にその意図に気づき、

 ――鉄人に、魔法や剣は効かない。狙うのなら……。

 アゲハが見つめている中、カンタロウは刀の構えを変えた。

 ――刀の構えが変わった。どうするつもりだ?

 鉄人は警戒するどころか、好奇心の方が勝った。

 次にどんな攻撃をしかけてくるのか、考えるだけで気持ちが高ぶってくる。

 全身の鎧が、気持ちと連動して、大きく唸った。

「ふふふっ、乗ってやろう。我の後ろを取ったのだ。今度はどんな奇策をする気だ? いくぞ!」

 地面を蹴り飛ばし、鉄人が、カンタロウにむかって走ってくる。

 ――速い!

 カンタロウが思う間もなく、鉄人の蹴りが入った。

 なんとかかわし、後ろに逃げるカンタロウ。

 鉄人は次々と格闘術を繰りだし、カンタロウを追いつめていく。

 ――風神と赤眼化の力で、我の攻撃を完全にかわしているな。しかし、いつまでも赤眼化はできないはず。さあ、どうする?

 鉄人は土を蹴り飛ばした。

 土は回転しながら、カンタロウの視界を奪う。

「うっ?」

 カンタロウは一瞬、目を閉じてしまった。


「もらった!!」


 鉄人の渾身の回し蹴りが、カンタロウの喉元めがけて振り上げられる。

 カンタロウは風の魔法を使って、空高く飛び上がった。

 後ろにあった太い幹の木が、鉄人の蹴りを受けて、ケーキのようにバラバラに破壊される。

「それで逃げたつもりか?」

 鉄人はもう一本の足で、カンタロウと同じく空高く飛んだ。

 二人はすでに、森の木よりも、遙か高く飛び上がっていた。

 アゲハとシオンが、首を曲げて空を見上げる。

 ――俺よりも、高く!

 鉄人はカンタロウよりも、さらに上を取った。

 片足だけで、魔法も使わず、ここまで飛び上がってきたのだ。

 アゲハは鉄人の並外れた身体能力に、目を見張り、

 ――なんて化け物。だけど、カンタロウ君の罠に引っかかった。

 アゲハには、カンタロウの戦略がわかっていた。

「はっ!」

 鉄人は体を前回転させると、カンタロウの頭上にむかって蹴りを放った。

 蹴りはカンタロウの頭に、見事に入った。しかし、手応えがなく、カンタロウの姿がそこにはない。

 ――消えた? いや、これは風神の力。分身か!

 風の魔法で作った分身だと気づいた瞬間、カンタロウが刀を構え、鉄人の目の前に姿をあらわした。


「もらった。俺の勝ちだ!」


 カンタロウは刀を利き手で持つと、鉄人の目にむかって突きだす。

 ――しまった。この体勢では、攻撃をかわせん!

 鉄人の赤い目が、大きく見開いた。

 刀の切っ先が、目を捕らえた。

 その速さと緻密さから、逃げだすことはできない。

 刀が、鉄人の片目に入った。

 ――やった。鉄人の弱点は、唯一鎧でガードできない赤い両目。これで終わっ……。

 アゲハの歓喜は、数秒で終わった。


「なっ……」


 カンタロウの刀が、ガチガチと震えている。

 腕の力が、これ以上入らない。

 鉄人は、小指一本で、刀の切っ先を止めていた。



「惜しかったな――あと数ミリだ」



 小指の奥で、赤い両目が笑う。

 次に手を広げると、刀をつかみにかかる。

 ――刀を折られる!

 カンタロウは風神の魔法を、鉄人にぶつけた。

 敵にそんな魔法はつうじない。遠くに離れる目的で、魔法を放ったのだ。

 カンタロウは鉄人から遠のくことができた。

 地面の重力に引っ張られ、もう地上の森が近づいている。


「ふん、味な真似を。だが、我から逃げられると思うなよ!」


 鉄人は水に飛び込むように、頭から垂直に落ちていく。

 カンタロウよりも早く地上に到達し、何かの魔法を地面に叩きつけた。

 蛇のように、光の魔法が土を這っていき、稲妻のごとき速さで、カンタロウにむかっていく。


 ――地面から白い閃光が? かわせな……。


 カンタロウの視界が、白い光で潰れた。

 大地から光の魔法が火山のように噴出し、カンタロウを襲ったのだ。

 根っこからむしり取られた大木達が、回転しながら空中を飛んでいる。


「かっ……カンタロウ君!!!!」

「お姉たん! 駄目ぇ!」


 カンタロウの元へ行こうとしたアゲハを、シオンが体を使って必死で止める。

 轟音が耳を潰し、地震が大地を揺るがし、爆発した鉄人の魔法は、空さえも隠してしまった。


 静寂がやってきたときには、森の四分の一が世界から消失していた。



「まだ生きているか? 小僧」



 鉄人がゆっくりと、カンタロウの元へと歩んでいく。



 崩れた岩の中で、血だらけの手が一本だけ、空にむかって伸びていた。



 岩の隙間から、赤い液体が線を引いて流れていた。
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