ヒナゲシと寝るのは
文字数 3,155文字
夕方、カンタロウの家では、囲炉裏で野菜鍋を作っていた。
囲炉裏の周りを、ヒナゲシ、カンタロウ、スズ、アゲハが囲んで座る。それぞれの前には、炊いたお米が置かれてあった。
白い湯気が、米からおいしそうに吹き上げる。
ヒナゲシは野菜鍋をすくい、お椀に入れると、皆に配り始めた。
「今日は畑でとれた野菜で、お料理作ってみたの。おいしいかしら?」
ヒナゲシの両目は全盲のため、固く閉じられているが、うまく配分していく。
スズ、カンタロウ、アゲハはさっそく野菜鍋を口にほおばった。
「はい、ヒナゲシ様。最高です」
「母さんの作るものは、なんだっておいしいよ」
スズとカンタロウは素直に受け入れる。
「うん、いける」
アゲハも息で食べ物の熱を殺しながらほおばった。
三人は次々と、料理を口に入れていく。
「あらあら、嬉しいわね。おかわりたくさんあるから、どんどん食べてね」
ヒナゲシがそう言うと、三人は一斉にお椀をだした。
「いただきます」
「俺ももらう」
スズ、カンタロウは当然のごとし言う。
「私も」
アゲハも追随する。
ヒナゲシは楽しそうに、お椀に料理をついでいく。
「さすがヒナゲシ様です。この出汁の取り方。私では真似できません」
「うん、うまい」
スズ、カンタロウは当然のごとしほめる。
「なかなかやるな。お主」
アゲハは上から目線でほめた。
すぐにお椀の中身がなくなってしまった。
「お褒めいただいて、光栄ですわ」
ヒナゲシは微笑むと、自分の食事を食べ始めた。
「さてと……あなた誰なんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
スズはお椀を下に置き、手を合わせると、アゲハをビシッと指さした。
「へっ? 誰かいるの?」
アゲハは自分のことだとは思わず、後ろをむいた。
「あなたですよ! あなたっ! 勝手に人の家に上がってきて、何普通に晩ご飯食べてるんですかっ!」
スズは気になっていたことを、一気に口から外に吐いた。
「あら、いいじゃない。カンタロウさんのガールフレンドでしょ?」
ヒナゲシはアゲハのことを、ずっとそう思っていた。
「違う」
カンタロウはすぐに否定した。
「そうだぞ。私はカンタロウの愛人、アゲハだ。飯おかわり」
「だから違う」
再び否定するカンタロウ。
「たくさん食べてね」ヒナゲシは特に動じることなく、アゲハのお椀に食事をついだ。
「あなた、ご飯食べるために、わざと理由作ってません?」
スズが疑うような目つきで、アゲハを見つめる。
「いいじゃん。そんなこと」アゲハはヒナゲシから食事を受け取ると、すぐにたいらげてしまった。
「……まったく。カンタロウ! ちゃんと自分はマザコンだって言いました? その何気ない一言が、相手を深く傷つけ追いやるんですよ?」
「俺はマザコンじゃない。親孝行してるんだ」
「もう何人見知らぬ女、家に連れてきてるんですか。最近はようやく静かになったのに……」
ハンターになってから、カンタロウはしょっちゅう女の子を家に連れてきていた。いや、連れてきたのではなく、女の子がついてくるのだ。
それで、自分は母しか愛していないと、主張するようになったのである。
「モテモテだねぇ。おい」
アゲハがからかうように、肘でカンタロウを小突く。
「俺は望んでいない」
カンタロウはお茶をすすった。
「とにかく。獣人なんかに、カンタロウの嫁は絶対に認めません!」
スズは立ち上がると、腰に手をやり、アゲハを見下ろした。
「えっ、いいの? この人、絶対嫁なんてできないよ? ぜいたく言ってる場合じゃないよ? マザコンだよ? もう重傷なんだよ?」
「そうよ、スズ。もういいじゃない」
スズはアゲハだけではなく、ヒナゲシにも反論をくらい、少しだけひるんだ。しかし、すぐに立ち直った。
「駄目です! 家の復興のためには、もっと知的で、大人っぽくて、強くて、料理や家事のできる娘でなければ! こんな子供では駄目なんです!」
スズはグッと、拳を握り、前に突きだした。
アゲハはスズにむかって、手を上げる。
「そんなこと言ってるから、カンタロウ君、嫁できないんじゃないの?」
「そうよ。私はカンタロウさんが好きな人なら、誰でもいいわ」
からかうアゲハに、ほぼあきらめてるヒナゲシ。
問題となっているカンタロウは、目線をヒナゲシにむけ、
「俺が好きなのは――母さんだけだ」
「あらあら。カンタロウさんたらっ」
ヒナゲシは頬に手を添え、赤く染める。まだ三十二の肌は、若く美しい。それは魂が吸われそうになるぐらい、白く透き通っている。
「ねえ。これで大丈夫なの?」
アゲハは獣の目を、じっとスズにむけた。
「ヒナゲシ様。照れないでください。とにかく、カンタロウがほしければ、まず私を倒しなさい!」
「いや、俺は求めてないぞ」
暴走していくスズに、カンタロウがつっこむ。
「いいよ。やる?」
「アゲハも乗るな」
乗り気のアゲハにも、カンタロウはつっこんだ。
「やめなさい。スズ」
ヒナゲシは厳しい口調で、スズの行動を止めようとする。
「ヒナゲシ様。止めないでください。これは家の命運をかけた戦いなのです」
「違います。もう夜だから。明日やりなさい」
「……はい」
スズの戦闘意欲が、完全にくじかれた。ヒナゲシと長年一緒にいて、二十六歳になった今でも、この天然さを突き崩せない。ただ、スズはヒナゲシの性格に好意的なので、文句は何一つ言わなかった。
「アゲハちゃんも、それでいいわね?」
「私はどっちでもいいよ。まっ、明日やるんだったら、私の寝床はどこになるんだ?」
ヒナゲシにだされたお茶をすすりながら、もう寝る気でいるアゲハ。
「なに泊まる気でいるんですか! ずうずうしい! 外で寝なさい!」
スズを無視してカンタロウは、
「じゃ、俺の部屋で寝るか?」
「そうだねぇ」
アゲハはいつもの寝床にするか、どうか、迷っている。
「人の話を聞け!」スズはさらにかっかし、
「それに、カンタロウの部屋で寝るってどういうことですかっ!」
「アゲハは俺の体を枕にしないと、眠れないらしいんだ」
二人で旅をしていたとき、アゲハはためらうことなく、カンタロウのそばで寝た。
休憩するときも、疲れたときも、カンタロウの肩や胸に頭をおいて目を閉じるのだ。
それは愛情というわけではなく、ただ体温が普通より低いので、暖かいものが近くにないと眠れないという理由からだった。
「あらっ、カンタロウさんを枕だなんて。若いわね」
「かっ、カンタロウ? どうしちゃったんですかっ? 熱でもあるんですか? ちゃんとマザコン臭出しておいて、誰も近寄れないようにしとかないとだめじゃないですか」
ヒナゲシとスズは、アゲハの体調のことを知らないので、当然のように勘違いした。
カンタロウは慌てる様子もなく、
「いや、そういう意味じゃない。アゲハの体温が低いせいだ」
「まあ今日は……」
アゲハはヒナゲシのそばに寄ると、ふくよかな胸を揉んだ。
「あらっ?」ヒナゲシは驚き、可愛らしい悲鳴を上げる。
「ママと寝る!」
アゲハはヒナゲシに抱きつくと、胸に顔を埋めた。
「あらやだ。アゲハちゃんたらっ」
ヒナゲシはアゲハの行動が可愛らしいのか、そっと抱きしめた。
「それは私が許しません! あとヒナゲシ様をママって言うな!」
「そして俺も許さない! 母と寝るのは俺だ!」
こいうときだけ、カンタロウはスズとよく合った。
「そうよ。アゲハちゃん」
ヒナゲシは強い口調で言う。
「そうです。ヒナゲシ様」スズはヒナゲシが意図を理解してくれたと思い、コクコクとうなずいた。
「私はアゲハちゃんと寝るから、カンタロウさんは一人で眠りなさい」
「……母よ、なぜだ?」
カンタロウはショックを受け、すっかり落ち込んだ。
「そっちじゃありません! ヒナゲシ様!」スズはもう泣きそうだった。
囲炉裏の周りを、ヒナゲシ、カンタロウ、スズ、アゲハが囲んで座る。それぞれの前には、炊いたお米が置かれてあった。
白い湯気が、米からおいしそうに吹き上げる。
ヒナゲシは野菜鍋をすくい、お椀に入れると、皆に配り始めた。
「今日は畑でとれた野菜で、お料理作ってみたの。おいしいかしら?」
ヒナゲシの両目は全盲のため、固く閉じられているが、うまく配分していく。
スズ、カンタロウ、アゲハはさっそく野菜鍋を口にほおばった。
「はい、ヒナゲシ様。最高です」
「母さんの作るものは、なんだっておいしいよ」
スズとカンタロウは素直に受け入れる。
「うん、いける」
アゲハも息で食べ物の熱を殺しながらほおばった。
三人は次々と、料理を口に入れていく。
「あらあら、嬉しいわね。おかわりたくさんあるから、どんどん食べてね」
ヒナゲシがそう言うと、三人は一斉にお椀をだした。
「いただきます」
「俺ももらう」
スズ、カンタロウは当然のごとし言う。
「私も」
アゲハも追随する。
ヒナゲシは楽しそうに、お椀に料理をついでいく。
「さすがヒナゲシ様です。この出汁の取り方。私では真似できません」
「うん、うまい」
スズ、カンタロウは当然のごとしほめる。
「なかなかやるな。お主」
アゲハは上から目線でほめた。
すぐにお椀の中身がなくなってしまった。
「お褒めいただいて、光栄ですわ」
ヒナゲシは微笑むと、自分の食事を食べ始めた。
「さてと……あなた誰なんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
スズはお椀を下に置き、手を合わせると、アゲハをビシッと指さした。
「へっ? 誰かいるの?」
アゲハは自分のことだとは思わず、後ろをむいた。
「あなたですよ! あなたっ! 勝手に人の家に上がってきて、何普通に晩ご飯食べてるんですかっ!」
スズは気になっていたことを、一気に口から外に吐いた。
「あら、いいじゃない。カンタロウさんのガールフレンドでしょ?」
ヒナゲシはアゲハのことを、ずっとそう思っていた。
「違う」
カンタロウはすぐに否定した。
「そうだぞ。私はカンタロウの愛人、アゲハだ。飯おかわり」
「だから違う」
再び否定するカンタロウ。
「たくさん食べてね」ヒナゲシは特に動じることなく、アゲハのお椀に食事をついだ。
「あなた、ご飯食べるために、わざと理由作ってません?」
スズが疑うような目つきで、アゲハを見つめる。
「いいじゃん。そんなこと」アゲハはヒナゲシから食事を受け取ると、すぐにたいらげてしまった。
「……まったく。カンタロウ! ちゃんと自分はマザコンだって言いました? その何気ない一言が、相手を深く傷つけ追いやるんですよ?」
「俺はマザコンじゃない。親孝行してるんだ」
「もう何人見知らぬ女、家に連れてきてるんですか。最近はようやく静かになったのに……」
ハンターになってから、カンタロウはしょっちゅう女の子を家に連れてきていた。いや、連れてきたのではなく、女の子がついてくるのだ。
それで、自分は母しか愛していないと、主張するようになったのである。
「モテモテだねぇ。おい」
アゲハがからかうように、肘でカンタロウを小突く。
「俺は望んでいない」
カンタロウはお茶をすすった。
「とにかく。獣人なんかに、カンタロウの嫁は絶対に認めません!」
スズは立ち上がると、腰に手をやり、アゲハを見下ろした。
「えっ、いいの? この人、絶対嫁なんてできないよ? ぜいたく言ってる場合じゃないよ? マザコンだよ? もう重傷なんだよ?」
「そうよ、スズ。もういいじゃない」
スズはアゲハだけではなく、ヒナゲシにも反論をくらい、少しだけひるんだ。しかし、すぐに立ち直った。
「駄目です! 家の復興のためには、もっと知的で、大人っぽくて、強くて、料理や家事のできる娘でなければ! こんな子供では駄目なんです!」
スズはグッと、拳を握り、前に突きだした。
アゲハはスズにむかって、手を上げる。
「そんなこと言ってるから、カンタロウ君、嫁できないんじゃないの?」
「そうよ。私はカンタロウさんが好きな人なら、誰でもいいわ」
からかうアゲハに、ほぼあきらめてるヒナゲシ。
問題となっているカンタロウは、目線をヒナゲシにむけ、
「俺が好きなのは――母さんだけだ」
「あらあら。カンタロウさんたらっ」
ヒナゲシは頬に手を添え、赤く染める。まだ三十二の肌は、若く美しい。それは魂が吸われそうになるぐらい、白く透き通っている。
「ねえ。これで大丈夫なの?」
アゲハは獣の目を、じっとスズにむけた。
「ヒナゲシ様。照れないでください。とにかく、カンタロウがほしければ、まず私を倒しなさい!」
「いや、俺は求めてないぞ」
暴走していくスズに、カンタロウがつっこむ。
「いいよ。やる?」
「アゲハも乗るな」
乗り気のアゲハにも、カンタロウはつっこんだ。
「やめなさい。スズ」
ヒナゲシは厳しい口調で、スズの行動を止めようとする。
「ヒナゲシ様。止めないでください。これは家の命運をかけた戦いなのです」
「違います。もう夜だから。明日やりなさい」
「……はい」
スズの戦闘意欲が、完全にくじかれた。ヒナゲシと長年一緒にいて、二十六歳になった今でも、この天然さを突き崩せない。ただ、スズはヒナゲシの性格に好意的なので、文句は何一つ言わなかった。
「アゲハちゃんも、それでいいわね?」
「私はどっちでもいいよ。まっ、明日やるんだったら、私の寝床はどこになるんだ?」
ヒナゲシにだされたお茶をすすりながら、もう寝る気でいるアゲハ。
「なに泊まる気でいるんですか! ずうずうしい! 外で寝なさい!」
スズを無視してカンタロウは、
「じゃ、俺の部屋で寝るか?」
「そうだねぇ」
アゲハはいつもの寝床にするか、どうか、迷っている。
「人の話を聞け!」スズはさらにかっかし、
「それに、カンタロウの部屋で寝るってどういうことですかっ!」
「アゲハは俺の体を枕にしないと、眠れないらしいんだ」
二人で旅をしていたとき、アゲハはためらうことなく、カンタロウのそばで寝た。
休憩するときも、疲れたときも、カンタロウの肩や胸に頭をおいて目を閉じるのだ。
それは愛情というわけではなく、ただ体温が普通より低いので、暖かいものが近くにないと眠れないという理由からだった。
「あらっ、カンタロウさんを枕だなんて。若いわね」
「かっ、カンタロウ? どうしちゃったんですかっ? 熱でもあるんですか? ちゃんとマザコン臭出しておいて、誰も近寄れないようにしとかないとだめじゃないですか」
ヒナゲシとスズは、アゲハの体調のことを知らないので、当然のように勘違いした。
カンタロウは慌てる様子もなく、
「いや、そういう意味じゃない。アゲハの体温が低いせいだ」
「まあ今日は……」
アゲハはヒナゲシのそばに寄ると、ふくよかな胸を揉んだ。
「あらっ?」ヒナゲシは驚き、可愛らしい悲鳴を上げる。
「ママと寝る!」
アゲハはヒナゲシに抱きつくと、胸に顔を埋めた。
「あらやだ。アゲハちゃんたらっ」
ヒナゲシはアゲハの行動が可愛らしいのか、そっと抱きしめた。
「それは私が許しません! あとヒナゲシ様をママって言うな!」
「そして俺も許さない! 母と寝るのは俺だ!」
こいうときだけ、カンタロウはスズとよく合った。
「そうよ。アゲハちゃん」
ヒナゲシは強い口調で言う。
「そうです。ヒナゲシ様」スズはヒナゲシが意図を理解してくれたと思い、コクコクとうなずいた。
「私はアゲハちゃんと寝るから、カンタロウさんは一人で眠りなさい」
「……母よ、なぜだ?」
カンタロウはショックを受け、すっかり落ち込んだ。
「そっちじゃありません! ヒナゲシ様!」スズはもう泣きそうだった。