ザクロ

文字数 4,335文字

 カンタロウが屋敷をでると、光が目に飛び込んできた。

「…………」

 空を見上げると、蜂の巣のような雲から、太陽が射し込んでくる。

 それを手をかざして防ぐ。

 しかし、それでも、指の隙間から入ってくる。

「……いつになったら、太陽ってのは、手に届くんだろうな」

 太陽にむかって、手を伸ばしてみる。

 それでも、太陽には届かない。そして、届いたとしても、燃え尽きてしまう。

 暗澹たる気持ちになりながら、カンタロウは一階にむかって、外の階段を下りていた。

 見覚えのある、金髪が見えてきた。

「ヤッホー。カンタロウ君」

 手を上げて、アゲハがカンタロウを待ってくれていた。その明るい声に、カンタロウの気持ちが少し晴れた。

 カンタロウは何事もなかったように階段を下りると、

「なんだ? ランマルと一緒じゃないのか?」

「心配で様子を見にきたんじゃん。何かされた?」

「大丈夫だ。お金を返しに行っただけだしな」

「そっか。それは何よりだな。そんじゃ、ランマルに飯、おごってもらいに行こうぜ」

 アゲハは手を後ろにやると、さっさと先に進みだす。

「ふふっ」

 カンタロウはアゲハの奔放さに、つい小さく笑ってしまった。

「うん? どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「なになに? すっごく気になるんですけど?」

 気になるのか、アゲハはわざとカンタロウの顔を覗き込む。

 カンタロウは恥ずかしいのか、照れて目をそらし、

「なんでもない。それよりも、仕事が入った。まずその内容を聞いてから、ランマルの所に戻るよ」

「ええっ、そうなの? 少しは休みなよ」

「アゲハはいつも休んでいるだろ?」

「きちんと働いてますぅ。アゲハさんはこう見えても、いろいろと忙しいんだぞ」

「わかった。とにかく、ザクロの所に行くよ」

「ザクロ?」

「ハンター仕事の請負人だ」

 カンタロウは、屋敷の一階に建設されている、酒場にむかった。

 アゲハは口を少し尖らせたが、すぐにカンタロウの後ろについていった。

「ここか……」

 アゲハが酒場の入り口で立ち止まる。

 酒場の出入り口は小さく、狭い。

 窓から酒が並べられているのが見えるが、中身はなく、ただの飾りのようだ。

 場所は目立った所になく、地味なため、恐らく客層は少ない。

「気をつけろ。奴に近づくと――食われるぞ」

 カンタロウの声が、微妙に震えている。

「えっ? それ、どういうこと? 凶暴な人ってこと?」

「とにかく、慎重にドアを……」

「ヤッホー。こんにちは」

 アゲハはカンタロウの忠告を聞かず、ドアをおもいっきり開けた。

「だからさぁ。ハンター仲間がほしいんだったら、ハンターギルドに行きなって」

「ギルドに行っても、誰も仲間になってくれないんです! お願いします! 強いハンターを紹介してください!」

 酒場の中では、胸元の開いた上服を着た、黒髪の女性と、膝がでているミニスカートの、白髪の女性が、言い争いをしている。

「だからぁ。ここは仕事を紹介する所であって、仲間を紹介する所じゃないって……あれ? お客さん?」

 ブラウンの瞳が、アゲハを捕らえる。

 声は大人の女性らしく、艶があり濃厚。髪型はソバージュで、右頬に斜めの切り傷の跡がある。右目の下の、黒いほくろが魅力的だった。

「あっ……」

 白髪の女性も、アゲハ達に気づいた。

 瞳は茶色、肌は日焼けを嫌うのか、美しい白。背にはショート・スピアという槍を背負っている。髪型は後ろ半分をしばった、ハーフアップにしているようだ。上服の胸には、何かの紋章が刺繍されていた。

 アゲハは大きく女性に向かって手を挙げ、

「どうも」

「あらら、今度は子供が来ちゃったよ。お嬢ちゃん。ここは学校じゃないよ?」

「私はハンターだよ。カンタロウ君に依頼された、仕事をもらいに来たの」

「カンタロウ? カンタロウの坊やがいるのかい?」

「うん、後ろに……うわっ!」

 ドアの入り口で、カンタロウは体を半分だけだしていた。目には大型獣に脅える小動物のような、恐怖が見える。

「アゲハ。それ以上、ザクロに近づくな。――やられてしまうぞ」

 空気と同化してしまいそうな声で、つぶやくカンタロウ。 

 ――脅えてる! カンタロウ君が、なんだかわかんないけど、脅えてる!

 アゲハは状況分析即終えた。

 ザクロがよほど怖いのか、カンタロウはまだ酒場の中にすら入っていなかった。

「あいかわらずだねぇ、坊や。お姉さんは何もしないから、こっちきなよ」

「嫌だ。大人はみんな、嘘つきだ」

 カンタロウはますます、ドアから離れていく。

 ――いったい、過去に何が……。

 アゲハは知りたくもない、カンタロウの過去が少し見えた気がした。

「はぁ。やっぱり遠くから見ても、いい男はいい男だねぇ。なんか、ムラムラするよ」

 ザクロの頬が、紅く染まる。紅い舌が、唇をいやらしく舐めた。両目がしっとりと濡れ、興奮しているのがよくわかる。

 ――なるほど、カンタロウ君が苦手なタイプだわ。

 肉食獣のようなザクロに、マザコンであるカンタロウが勝てるわけがないなと、アゲハは思った。

「冗談だよ。とにかく、中に入りなよ。紅茶ぐらいは入れてやるよ」

 ザクロがお茶の用意をしようと、カウンターから離れると、白髪の女性がカンタロウの元に走り、

「あっ、あのっ! ハンターの人ですよね?」

「あっ、ああ。そうだ」

 突然のことに、カンタロウは少しひるむ。

 ――私は無視か!

 ハンターである自分を無視し、カンタロウの元にむかった女性に、アゲハは少し腹が立った。

「私の仲間になってくれませんか? お願いします!」

「ちょっと、あんた。その坊やは特別なんだ。無茶なお願いはやめな」

「妹を……妹を助けたいんです!」

 ザクロを無視し、白髪の娘の発言で、困惑していたカンタロウの目が、冷静さを取り戻した。

 ――あっ、まずい。

 アゲハは一瞬、嫌な予感がした。

「……わかった。だけど、まずは俺の仕事をこなさなきゃならない。後で話は聞く。それでいいか?」

「……はっ、はい。ありがとうございます!」

 数秒、カンタロウに見入っていた女性は、ようやく我に返り、頭を下げた。

 ――あぁ、やっぱりこのパターンだ……。

 アゲハは、げんなりとした気分になった。

 酒場の中は、木製の机に椅子。幅の狭いカウンター。棚には少ない酒瓶があった。

 特定のお客しか来ないのか、部屋は狭く、椅子も数個しかない。

 どこからか、甘い酒の香りがしてくる。

 アゲハとカンタロウ、白髪の女性はカウンターの椅子に座った。

 窓の外では、黒いカラス達が集まっている。

 どうやらネズミを食わえ、おもちゃにして遊んでいるようだ。その様子を、カンタロウが見つけ、眺めている。

「このお茶おいしいね」

 アゲハがお茶を飲んだ感想を、何気にしゃべった。

 カンタロウの意識が、窓の外から中にむかう。

「だろ? 剣帝国製の紅茶さ。まっ、魔帝国の薬茶には負けるけどね」

 カウンター越しに、ザクロはお茶をすする。

「酒場なのに、お茶があるんですね」

 白髪の女性も意外なのか、目をパチクリさせた。

「さてと。それじゃ、まずは自己紹介だ。私の名前はザクロ。よろしく」

 酒場の主人。ザクロから挨拶した。

「私はマリアです」

 次に、白髪の女性が、静かに自分の名前を名乗った。初対面のハンター達に、少し緊張している。

「俺はカンタロウ、ハンターだ」

「私はアゲハ、カンタロウ君の愛人だ」

 例によって、アゲハがカンタロウをからかう。

「えっ! そうなんですか?」

「違う。アゲハはハンター仲間だ。愛人でもなんでもない」

「そうなんですか。びっくりしました」

 マリアはカンタロウの言うことを、素直に受け止めた。

 ――へぇ。なんか、超素直。胸もそこそこって所か。髪も長いし。武器は槍ね。それにしても、スカート短っ!

 アゲハはそこがやたら気になった。

「あの……」

「あっ、ううん。なんでもない」

 視線をマリアに気づかれ、アゲハは慌てて誤魔化した。

「それじゃ、仕事の内容の話をしようかね。――剣帝国からの依頼だ。国境付近にゴーストエコーズが出現している。これを討伐してほしいってさ」

 ザクロの依頼内容に、アゲハの獣の目が鋭く反応し、

「ゴーストエコーズがらみってわけね。どうするカンタロウ君? 受けるでしょ?」

「やけに高揚しているな?」

 カンタロウはアゲハに、細い目をむける。

「そっ、そうかな? 別に私はどっちでもいいけど……」

「俺に仕事を選ぶ権利はないよ。わかった」

 カンタロウはすぐに了承した。

「大丈夫かい? 国からの依頼だ。難易度は高いよ」

「いいよ。やるさ」

「ママは心配しないのかい?」

 ザクロはどうやら、カンタロウがマザコンであることを知っているようだ。

「母は関係ない。これは俺の仕事だ。でも仕事が長引くようなら――手紙を書く」

 やはり母のことは、しっかりと気にしていた。

 ザクロは後ろをむき、ブフッと息を吹きだした。

 ――うん。しっかりオチを落としたよね。

 アゲハは満足気だった。

「じゃ、場所を説明するよ。ここから半日で行ける。ここらへんに巣があるはず」

 ザクロは地図を広げると、ゴーストエコーズが出現している場所を指さした。

 カンタロウとアゲハは、食い入るように、地図を眺め、

「都市部から、そんなに離れていないね」

「ああ、これなら、一日で終わりそうだな」

「うまくいけば、ね」

「ああ、うまくいけば、だな」

 相手がゴーストエコーズである以上、難関な仕事であることには間違いない。一応お金を払い、ザクロから地図を購入することにした。

 次にザクロは、報奨金の明細をカンタロウに渡し、

「報奨金額はこれだけ。リア・チャイルドマンの方にこれだけピンハネされるけど、いいかい?」

「ああ」

 明細を見たアゲハは、その金額に息を飲み、

 ――えっ? すごい金額ピンハネされてる……。どれだけ借金あるの?

 カンタロウの表情を見ても、動揺の色がない。つまり、これが普通のことなのだ。

 マリアもアゲハと同じ気持ちなのか、チラチラとカンタロウと金額を見比べる。

「残りの借金額の請求書はもらったかい?」

「もらってない」

「それなら、仕事が終わった後に、私が渡すよ。またここに寄るといい」

「わかった」

「ねえ。坊や」

 ザクロが、カンタロウの手に触れた。

「なっ、なんだ?」

 カンタロウの手が、ビクリと震える。

「無事帰ってきな。お前のことを、待ってる女を忘れるんじゃないよ。わかったかい?」

 カンタロウの手を、すりすりとさするザクロ。母のため、自分の命をかける青年を、本気で気に入っているようだ。まだ三十手前の若さだが、艶のある瞳で、カンタロウを誘う。

 ――カンタロウ君。白目! 白目剥いてる!

 アゲハの予想通り、カンタロウは失神しかけていた。
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