スズとランマル

文字数 4,373文字

 スズとアゲハの戦いが終わり、皆がランマルの元へ集まってきた。

「一応剣帝国に監視されてる身だという、自覚をもってもらいたいですね」

 ランマルが呆れたのか、黒髪をポリポリかく。三十歳となり、顔のシワも目立ち始めた。現白陽騎士団の団長である。

「ごめんなさい」

 ヒナゲシが丁寧に、頭を下げて謝る。

「ああっ、いやっ、いいですよ。ヒナゲシさんが謝ることではないですから。あの血の気の多い女が起こしたことですからね」

 「誰の血の気が多いんですか」スズがすぐに反応した。ランマルとスズは顔見知りなため、こういうやりとりをよく繰り返している。

「さてと。久しぶりだな。カンタロウ」

「ああ」

 年上のランマルに対して、カンタロウはそっけない返事を返す。

「あいかわらず無愛想な奴だな。そんなんじゃ、いつまでたっても彼女できないぞ。あとは……」

 ランマルは自分より背の低い、アゲハを見下ろした。

「ども。アゲハです」

 アゲハはすぐに、自分の名を名乗る。

 ランマルはしばらく、腕を組んで考え、

「うん、ああ……そうか。連れ子か。よかったなカンタロウ。可愛い妹さんじゃないか。その目からして獣人か? ヒナゲシさん、獣人の男と再婚したんだな。うおっ!」

 いきなり、刀の刃先が、ランマルの首にピタリとついた。

 カッとなったスズが、刀を抜き、

「違いますよ? 何を言ってるんですか? ヒナゲシ様は獣人の男などと、再婚などしていません! もし結婚したければ、このスズを倒していきなさい!」

「そしてこの俺を、倒していけっ!」

 スズの後ろで、カンタロウもぷりぷりしている。

「あらあら、二人して。これはしばらく再婚できないわね」

 ヒナゲシは相変わらず、のほほんとしていた。

 ――この二人、いいコンビだわ。

 アゲハは息ぴったりな二人に、少し感心した。

「えっ? 違うのか? なら、この子は?」

「私はハンターやってんだ。あと、ここにいるのは、カンタロウ君の恋人だからだ」

「何っ! そうなのかっ!」

 ランマルはすさまじい衝撃を受けた後、カンタロウの肩をバシバシたたき、

「いやぁ、良かった。ようやくヒナゲシさん以外の女に目をむけ始めたんだな。俺はお前の将来が心配で心配で。これでコウタロウさんも安心だな。でっ、いつ結婚するんだ?」

「違う。アゲハは俺の仲間だ」

「仲間? ああっ、まだガールフレンドって意味だな。いわゆる、友達関係ってやつか。なんだ。健全な青春送ってるな」

「だから違う。ただのハンター仲間だ」

「ヒナゲシさん、よかったですね。いいお子さんが生まれるといいですな」

 ランマルは興奮しすぎて、カンタロウの話をまったく聞いていない。

「そうねぇ。そうなると、私ももうすぐ、おばあちゃんかしらね」

「私は認めてませんよ。さっきの勝負は引き分けですし」

 ヒナゲシとスズはマイペースな答え。

 「頼む。聞いてくれ」カンタロウは小さく叫んだが、誰も耳を傾けてくれなかった。





 ランマルはスズと話があるため、家の裏側に二人でむかった。

 ヒナゲシはせっかくなので、ランマルのために料理を作ることにした。

 カンタロウとアゲハは、川へ水くみに行くことになった。

「でっ、見つかりましたか? 私達をここまで追いやった官僚を」

 家の裏で、スズがランマルに問いつめる。

 両目の赤いネズミが、ガリガリと木の小枝をかむ音が聞こえる。親なのかすぐそばには、一回り大きいネズミが、スズ達を見つめていた。

「いや、見つからない。王を殺したコウタロウさんの処遇を決める会議で、誰かが発言したのは間違いない。お前達の家を、燃やしたのも、そいつの手引きだということはわかっている。借金を増やしたのも、そいつだ」

 それは、ランマルがカンタロウに言っていない事実。

 前剣帝国王、カストラルの死後、自らの家族を守るために、処刑されたコウタロウの約束を、官僚の一人が破棄した。しかも、その官僚は、カンタロウの家を燃やすよう人を雇い、借金まで作った。貴族出で、世間に疎かったヒナゲシでは対応できず、スズがすべて処理してわかった事実だった。

 このことを、ヒナゲシとカンタロウは知らないでいる。

 スズが二人に言わないのも、具体的な証拠がないからだ。だから、同じ騎士仲間だったランマルに頼んで、調査してもらっている。

 冷たい風が、悲しげに吹いてくる。

「だが、いくら城内部を探っても、その官僚は見つからなかった。今では誰がコウタロウさんの約束を破棄したのかも、わかっていない。すべてが曖昧で、霧のようにつかめない」

 ランマルの声が沈む。

「……おのれっ。私が騎士をやめてなかったら。探しだして殺してやるのにっ!」

 悔しさと、怒りからか、スズは親指を噛んだ。

「まあ落ち着け。また俺が探っとくよ。それよりも、ヒナゲシさんの目の調子はどうだ?」

「とってもいいですよ。さすがヒナゲシ様のお父様です。ご高名なお医者様をつれてきてくださいました。――娘を捨てた償いとしては、まだもの足りませんがね」

 ランマルに言ってもしかたがないが、スズは嫌み気な口調になってしまう。

 ヒナゲシは家族から絶縁されていた。

 コウタロウが処刑されたとき、家族の元に戻ることを拒否したからだ。

 ヒナゲシが家族の元に戻り、新しい夫を持つことは、コウタロウの子であるカンタロウを捨てることになる。そして、コウタロウの愛を裏切ることになる。それができなかったゆえに、ヒナゲシは再び貴族に戻ることをしなかった。

 そのため、いまだ家族と絶縁状態にあり、兄や姉とも連絡をとっていない。

 ランマルは頭をかき、

「そう言うな。絶縁されたとはいえ、ヒナゲシさんのお父さんは、剣帝国の大貴族だ。今後も縁があるかもしれない」

「コウタロウ様が処刑されたことを聞いて、娘を捨てた父親ですけどね」

「根に持っているな。ヒナゲシさんは、兄弟姉妹の中でも末っ子だったからな。兄や姉はヒナゲシさんを見捨てていったが、小さい頃から可愛がられていた父親からは多少なりとも援助はあった。だからこうやって、俺達白陽騎士団が、お前達家族を気性の荒い市民から守っている。この土地も、ヒナゲシさんのお父上のものだ」

「犬小屋と揶揄されてますが? あの看板、どうにかならないんですか?」

 スズの嫌みが止まらない。

 家は有刺鉄線で囲われ、出入り口には犬小屋と書かれた看板がある。この家の事情を知っている何者かが、ふざけて立てたのだ。それがいつのまにか周りに知れ渡り、この家は犬小屋呼ばわりされるようになっていた。

 看板については、ランマルも思うことがあるのか、

「まったくだ。どこの馬鹿が、立てたのかは知らないがな。だけど、俺達はあの看板を壊せない。そんなことをすれば、お前達側だというのがバレる」

「それでは。私が壊しましょう」

「頼むからやめろ。市民を刺激しないでくれ。辛いだろうが、我慢してくれ。時間がたてば、誰もがお前達のことを忘れていく」

 スズは状況が改善できないことに、ため息をつき、

「……はぁ。それにしても、白陽騎士団。いったいどうしちゃったんですか? こんな辺境にまで、兵士を派遣するなんて」

「暇なのさ。黒陽騎士団に兵も、予算も、取られちまった。前国王がどんどん軍備拡大していたからな。それに比べ、俺達白陽騎士団は、すっかり落ち目だ。今の王様も、元黒陽騎士団団長だから、俺達を冷遇してるのさ。昔が懐かしいよ」

 続いて、ランマルもため息。

 前剣帝国王、カストラル時代。

 黒陽騎士団は、敵対する町や村を壊滅させたことで、その実績が認められ、どんどん兵士を増やしていった。

 逆に白陽騎士団は、前団長であるコウタロウが、王の方針に従わなかったため、兵をじょじょに削られるはめになってしまった。

 その影響が今でも続いており、さらに団長が処刑されるという異常事態も重なって、白陽騎士団はすっかり見る影もない。

 スズはランマルに向かって口をとがらせ、

「どうして騎士団の団長ごときが、王様になれたのでしょうね?」

「さあな。確かに実績は高い人だったがね。前の王の一族が、王になる権利を次々と放棄していったからなぁ」

「死神にとり憑かれた一族、ですか」

 まだカストラルが王を勤めていたとき、彼の血族は次々と不幸に襲われた。

 病気、不慮の事故、暗殺と数えるだけでも、十数人以上人が死んでいる。

 噂では、王がその権力維持のために、自らの身内にまで手をかけたというのもある。それゆえに、カストラル死亡後、王となれる器の者がほとんどおらず、仕方なく現在の王、ベルドランが選ばれたのである。

「なあ、スズ。――もう一度騎士をやらないか?」

 ランマルは唐突に、スズを騎士に誘った。

 スズは何も答えない。

 ランマルは無言の圧力に負けじと、

「さっきの勝負見たよ。さすがコウタロウさんが選んだ実力者だ。ヒナゲシさんの護衛任務さえ受けなければ、お前は強き女の騎士として、市民の人気も、地位だって獲得できたのに」

「そんなものに興味はありませんよ。……私には家族がいませんでした。でも、今は家族がいます。それを守るのは当然です」

 スズの決意は固かった。

 幼少の頃、エコーズとの戦争時、親を神獣に殺された。その復讐のために、スズは女でありながら剣術と魔法を覚え、騎士団としてコウタロウの下で戦っていた。しかし、ヒナゲシを護衛していくうちに、また、カンタロウと付き合っているうちに、居心地の良さを感じ始めていた。それは家族を求めていたスズにとって、いつの間にか大切な居場所となっていた。

「なあ、もういいんじゃないか? カンタロウだって大きくなった。ヒナゲシさんも、何とか生活していけるだろう。お前もここから離れて、自分の幸せっていうか、そういうもののために生きて……」

「そこまでです。私の心は変わりません。私は――ヒナゲシ様とともに生きます」

 復讐よりも、この家のために尽くす。ヒナゲシとカンタロウを守っていく。スズの決意は、たとえ血が繋がっていなくとも、家族の一員となっていた。

「……そうかい」

 ランマルは少し寂しそうに、笑った。

「それでは。今日の稼ぎを渡しなさい」

 スズは気持ちを切り替え、ランマルに手を差しだす。

 その手に、ランマルは今月の生活費を渡した。それは微々たるものだが、ヒナゲシの父からの贈り物だった。

「一応言っとくけど、俺の気持ちも多少含まれているからな。本当はもっと少ないんだぞ」

「ええ知ってますよ――ありがとう、ランマル。感謝してます」

 いつも引き締まっている顔が、乙女のような優しい笑みに変わる。

 その女神のような表情に、ランマルの胸が熱くなっていく。

 ――もうあの笑顔の前では、どうでもよくなるな。

 家に戻るスズの背中を見つめながら、ランマルは肩の力が抜けていくことがわかった。
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