エルガ

文字数 2,323文字

 三日後。

 カンタロウとアゲハは、緑の山姿が見えるふもとを、剣を持ち走っていた。後ろから、白い神獣が追いかけてくる。つまり襲われているのだ。

 二人の前にある雑草から、神獣がはえ、人の何倍もある腕を振り上げる。

「やあっ!」

 アゲハは剣で腕を切り落とした。

 今度は太い枝の上から、神獣が襲ってきた。

 カンタロウは刀で片腕を切り落としたが、もう一方の腕までは注意していなかった。気づいたときには、すでに頭近くまでせまっている。

「くっ!」

「危ないっ!」

 アゲハは剣で手首を切り落とし、カンタロウを守った。神獣は痛覚を感じないので、次に容赦なく体当たりをしかけてくる。それをカンタロウは木に足をつき、ジャンプでかわした。神獣の体当たりをくらった樹木は、悲鳴を上げるかのように、バリバリ音をたてながら、地面に倒れていく。

「きりがないね! カンタロウ君!」

「ゴーストエコーズの巣が近くにあるんだろう。とにかく今は逃げよう!」

 その提案に、アゲハは納得いかなかった。

 元をたたなければ、神獣はハエのようにわいてでてくる。

「どうして?」

「母のことがちらついて、集中できん」

 カンタロウは顔を、手で押さえた。

「それ、かなり重症じゃん!」

 カンタロウのホームシック病は、まだ治っていなかった。アゲハの計らいで、多少は症状が治まったものの、やはり本物と偽物では雲泥の差がある。完全に完治したわけではなかったのだ。

 ――やっぱ、この人と組むの、失敗だったな。

 三日目にしてようやく、アゲハはカンタロウと組んだことを後悔し始めた。今思えば、足手まといになると、カンタロウが言ったのも間違いではない。奇病持ちだったとは予想外だ。

 神獣から逃げ、森を抜け、二人は緑の草が生い茂る草原へとでた。太股を草がなでるのを我慢して、走っていると、アゲハが違和感に気づき立ち止まる。カンタロウも同じく足を止めた。

「……追いかけてこないね」

 神獣の気配が、唐突に消えた。

 不気味な音をたてる風が、背の高い草をもて遊ぶ。

 カンタロウは危機が去ったと判断し、刀を鞘に収めた。

「巣から離れたんだろう」

 カンタロウは緊張から解放されたのか、ため息をついた。

 ゴーストエコーズが人を襲う要因の一つは、自らのテリトリーに、敵が侵入した場合だ。つまり、テリトリーに入らなければ、人を襲ったりはしない。恐らく、そこから抜けだせたと予想できる。

「大丈夫? ホームシック治さなきゃ戦えないぞ」

「だから言ったろう? 俺は足手まといになると」

「ああ、まあ、今君が言った意味がわかったよ」

「今からでも遅くはない。俺をおいて……」

「あっ、町がある。あそこで休んでいこうよ」

 アゲハは遠くを指さした。

 その先に、町の屋根が見える。

 カンタロウの表情が、少し固くなった。

「確か、剣帝国の町だな……乗らないな」

「なんでよ? ほらほら。私は疲れたんだ。行くぞカンタロウ君」

 アゲハは先頭を歩み始めた。その後ろを、カンタロウが渋々ついていく。しばらく歩くと、ちゃんとした道を見つけることができた。道は町へとむかっている。

 道の側には麦畑が広がっていた。遠くに白いもやのようなものが、地面からチョロチョロ吹きでているので、神脈結界だとすぐにわかる。麦畑はその中にあった。

「農作物が豊かだね。結界もちゃんと張ってるし」

「そうだな」

「あっ、お城がある。そのわりには町は小さいね」

 町の北側の小山の上に、お城が見える。

「田舎だからだろう。人口も少なそうだ」

「宿屋あるかな?」

「さあな。せめて馬小屋でもあればいいほうさ」

「お金はたっぷりあるのにね」

「俺はあまり使いたくないから、安い部屋に泊まるよ」

「じゃ、一緒の部屋にしようよ。そのほうが安上がりだし」

 若い女が男と一緒の部屋を選ぶ。常識ではありえない。夜にいつも、女として恥じらいもなしに、男の体を枕にするぐらいの感覚なのだ。

「……アゲハは変わってるな」

 呆れたように、カンタロウは両腕を軽く伸ばした。

「どうして?」

「いや、なんでもない」

 首を傾げるアゲハを、カンタロウは追い越してしまった。

 町に到着し、宿屋を探していると、若い娘の視線を感じる。アゲハは違和感を覚え、視線を追ってみると、ある人物にたどりつく。鼻筋がとおり、口元が引き締まった、意思が強く男性的だが、どこか儚く、悲しげな影を持つ青年。

「なんだか目立つよね」

 注目されているのは、カンタロウだった。

「そうか?」

 カンタロウが娘に視線をむけると、皆恥ずかしそうに目をそらす。町から滅多にでないため、外から来たハンターが珍しいのと、顔立ちが整った異性に興味津々なのだ。

 そういうことに鈍感なのか、カンタロウは女の好意的な視線に、まったく気づいていない。

「君、天然だって言われない?」

「特に言われないが」

「ああっ、そっか。マザコンて言われるからか」

「親孝行だ」

 やはり自分がマザコンであることは、認めていないらしい。

 宿屋を探していると、突然二人の前に女が立ちふさがった。

「もし、もしかして、ハンターの方ですか?」

 黒髪で、眉が険しく、気が強そうな引き締まった表情をしている。年齢は二十歳前後。服装は周りの女達と同じだ。

「うん。そうだけど。だけどこの人は、母しか愛してないよ」

「はっ?」

 どうやらカンタロウに、告白したいわけではないらしい。

 武器を所持している所から、ハンターだと判断したようだ。

「冗談冗談。何?」

「……あなた達に、頼みたいことがあるんです」

 女の目に、影が走った。
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