第45話 俺たちの闘争編●「指導者は?」

文字数 2,036文字

 「まるで歯が立たない!高校生がプロ野球と試合をしたようなものです。惜しいと言えば皮肉なことに田山三太郎と同じ学年に生まれてしまったことです。田山選手だけではないです。馬場選手。岩城選手はまるでプロ野球の選手です。里中投手も凄い投手でした」
 岡山工芸高校投手四番主将の平は記者のインタビューに大粒の涙をこぼしながら答えた。岡山工芸も中国地区秋季大会の優勝候補であった。由良明訓との決勝戦には好勝負を期待されたものの、岩城、田山に二本づつ本塁打を浴び、五回には十二点を奪われた。里中の緩急つけたピッチングの前にエラーでの出塁はあったもののノーヒットに抑えられた。
 決勝ということもあり主審はコールドゲームを宣告しなかったが、岡山工芸の監督の
 「これ以上の屈辱的な試合続行は生徒達の将来に関わる。無念ですが棄権いたします」
 という申し出により棄権試合となった。気のいいオジサンという雰囲気の監督は由良明訓のベンチへと出向いてきた。
 「里中君。本当にすまない!九回まで投げれば君にはノーヒットノーランの輝かしい記録もあっただろう。接戦とは言わないが、せめて五点差であれば、私も選手達に最後まで諦めるな!と励ましていただろう。しかし、ここまで圧倒的な力の差を見せ付けられては同じ野球選手として私の生徒達は自信喪失してしまうかもしれない。私の指導者としてのエゴで申し訳ない」
 深々と頭を下げた。里中も慌てて
 「ノーヒットノーランなんて狙っていません。このまま続けていたら僕の方こそ岡山工芸打線に打ち込まれていたと思います」
 などと言いながら頭を下げたが内心は「チャンスだったのに…」という思いだ。土井は相手監督に頭を下げ
 「今日は、たまたま調子が良かっただけです。次に試合をしたら勝てるとは限りません」
 とだけ伝えた。岡山工芸の監督が立ち去ると
 「東海地区はどうなっている?」
 と控え選手に尋ねた。
 「やはり岐阜青雲大学付属が出てきましたね。ただ…夏の時のような江口投手の圧倒的な奪三振記録は作っていません。安打も、そこそこ打たれています。秋季大会を通しての自責点2は立派ですが、夏があの通り一本のヒットも与えないピッチャーでしたからね。記事も地味ですよ。あの衝撃的なピッチングはどこへ?といった扱いです」
 「決勝の静岡工業戦だけはノーヒットノーランを達成してるじゃないか。静岡の方は、あの新山投手は中退してガイヤンツに入団したので俺らが夏にやった時より弱体してるといっても弱いチームじゃないはず。スコアも1-0と考えると…」
 そう馬場が言い出すと田山が付け加えた。
 「気持ち悪い戦績だね。自責点2は緒戦と二戦目か…格下のチームには本気で投げない。強いチームには力を出すというピッチングに変えてきたということだな」
 「相変わらずの貧打チームだが、四番に矢吹が入ったか。秋季大会の結果なんて詳しく載せている新聞もないがな。相当の打撃練習をしたと思って間違いないだろう。夏は野球に転向したばかりで江口の剛球を捕るのに精一杯だったが、打撃に時間を割く余裕が出来てきたんだろう。さすがは俺のライバルだ」
 岩城は、やはり矢吹太を意識しているようだ。
 「やっぱり江口より矢吹の方が気になるのか?」
 里中が問うと岩城は
 「ふん。そりゃあいつと取っ組み合いをした奴でなきゃ分からんよ。身体は大して大きくないが、まるで野生動物だ。運動神経、反射神経、筋力は超人だぜ」
 「取っ組み合い?少年柔道大会で対戦しただけじゃないか?」
 「おい!里中!いくらお前にだって言えることと言えないことがあるだろ!勝手に想像してろ!本当はなぁ。矢吹の野郎までウチのグラウンドに来た時には便所に連れ込んでヤキ入れてやろうかと思ってたんだ。でも、それをやっちゃあ皆に迷惑だ!俺にしちゃ一世一代のガマンをしてやったんだぜ!それより里中!江口と恋敵のお前はどうなんだよ?」
 「恋敵?まぁ、そういやぁそうなるのかな?正直なところ俺はよく判らないんだよ。江口にしたって、朱美さんとの話はウヤムヤになってた。江口にとってライバルは田山さ。好きな女が格下のピッチャーと付き合っているのが気に食わないのかもしれないけど…ピッチャーとしても江口がライバルだと思うように俺はならなきゃな」
 田山は里中と岩城のやり取りを黙って聞いていたが
 「それにしても青雲の試合運びが夏とは全然、違ってきているのが不気味だ。新聞には夏と同じ天野さんという顧問教師が、そのまま監督になっているというが…あの先生に、ここまで大胆な変え方ができるとは俺には到底思えない。誰か、かなり力のある指導者が後ろについたと考えるべきだと思う」
 馬場も似たようなことを考えていたようだ。
 「江口の父親ってのはノンプロじゃかなりの名選手だったんだろ?その父親が臨時コーチでもしてるんじゃないか?新聞じゃ基本練習しかしていないって書いてあるし、特別な特訓もしていないようだしな」
 
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登場人物紹介

里中繁雄●本稿の主人公。野球選手と思えない痩身に芸能人も顔負けの美少年。サイドスローの技巧派投手。性格はルックスに反して強気で負けず嫌い。投手兼任外野手として活躍した後にノンプロ全丸大に入団。

江口敏●もう一人の主人公。ノンプロ野球選手だった父親に英才教育を受けた剛球左腕投手。童顔に逞しい身体を持つが闘争心はあまりなく、気は弱い。三年生の夏の甲子園で優勝投手となり、ドラフト一位で名門東京ガイヤンツに入団。

田山三太郎●里中のピッチャーとしての才能を見出した天才キャッチャー。打撃も凄まじくプロ野球のスカウトに注目されている。甲子園大会の通算本塁打記録も作り、ドラフト一位でパリーグの福岡クリッパースに入団。

岩城正●田山とは中学時代からチームメイトだった巨体の持ち主。三振かホームランという大雑把な選手だが怪力かつ敏捷さもあり、プロレス界が注目する逸材との噂はある。三年時にはキャプテンも勤め、そのリーダーシップは評価された。ドラフトでは江口の外れ一位ではあるがパリーグ近畿リンクスに入団。

馬場一真●田山、岩城と三羽烏と呼ばれた好打好守好走のセカンド。田山、岩城ほどのパワーはないがスピードと技術は最高。変わり者である。実は東京ガイヤンツから入団交渉を受けていたが野球の道は高校までと決めており、帝国芸術大学に進学する。

矢吹太●中学時代は将来オリンピック選手として期待された柔道の猛者でありながら、地元の不良や街のチンピラに慕われる奇妙な不良少年。江口の才能を認めキャッチャーへ転身する。高校時代は事実上のチームリーダーを務め、キャプテンとしてチームをまとめた。プロ入りは拒否。

朱美●矢吹の不良仲間で少女売春をやっている。根はマジメ人間で肉体を汚しつつも気持ちは美しい。江口に惚れられながら、自身は里中に惹かれていく。彼らとの交流を通して自分を変えるため、名古屋のデパートに勤める。

土井●里中ら一年生の時の三年生の主将。高校ナンバーワンのキャッチャーであり、女生徒に人気の男前であったが、田山にポジションを奪われ里中に女性人気を奪われる気の毒な先輩。しかし潔く後輩を立てる姿に人望を集めた。織田監督辞任後に新監督に就任。

織田●里中ら野球部の監督。かなりいい加減な人物だが選手の力量を見極める鋭い視点や実践形式でチームを育てる采配など有能な指導者。甲子園で優勝させてチームを去る。その後、江口の父親との縁で江口らの監督に就任。

天野●江口ら野球部の顧問。優秀な数学教師で弱小チームといえども独自の数学理論で一回戦ぐらいは勝たせる手腕を持つ。

小宮●江口ら一年生の時の三年生で主将。江口の入学で控え投手兼任外野手に転身するが江口らの理解者。

岡部●三年生の捕手で副主将。江口の実力を発揮させるために中学時代の後輩でもある矢吹を野球部に引き込んだ。

新山●静岡工業高校のエース。左腕の本格派として江口と比較される。英才教育を受けお坊ちゃんの江口に対して韓国籍による差別や貧乏に耐え抜いた。定時制から全日制への転入で年齢は里中、江口らより一つ上であり、江口に対してライバル心を燃やす。外国人枠で逸早く東京ガイヤンツに入団したが、怪我に悩まされている。

谷口●土井キャプテン引退後の新キャプテン。ともかく真面目で常識的な高校生。里中らが一年生の時には7番レフトで地味ながらチームを支えた。

青木●小宮引退後の新キャプテン。江口らが一年生の時には一番一塁手として出場。少し気が弱いが野球は大好き。学業の成績もいい。

ヨーコ●名古屋繁華街の組織の女の子。朱美の留守を守る。江口の相手をしたことがきっかけで江口の相談役となる。朱美が売春組織を辞めてデパートに就職したことに触発され、料理人の道を目指す。

夏美●中学時代から高校へと続く岩城の恋人。女子ソフトボール部の実力者。中学時代の里中を知っており、田山や岩城に、その才能を伝えた。甲子園球場周辺で朱美と知り合い友人になる。

黒沢秀●江口、矢吹の一学年下の新入生。抜群の運動神経と野球経験を持ちつつ、学科成績も優秀。レギュラーに抜擢される。

滝一馬●黒沢と一緒に好成績を収めた新入生。投手経験もあり江口に次ぐ青雲の投手になる。

内川亜紀●中学時代から矢吹のクラスメイト。不良少年の矢吹を嫌って避けてきたが、野球にのめりこみ無口になっていく矢吹の姿に惹かれていく。

浜圭一●里中と勝負するために明訓野球部に入ってきた新入生。右のオーバースローで速球派。生意気な性格は、そのままだが里中と並ぶ二枚看板投手に成長する。

池田●浜とは対照的に真面目で純情な新入生。田山を尊敬して入部。小学生に間違えられる小さな体だがキャッチャーとしての技術は高い。

八木●プロ野球界とアマチュア野球界を取り持つフィクサー。怪しげな人物だが常に選手のことを考えている温かい人物。

大田黒●ロシア系とのハーフであるため殿下と呼ばれる森沢高校のエース。実力は疑問視されながらもプロ入りを果たす。

二本松●里中達が三年生の時に入部してきた新入部員。不細工な顔と不恰好な体格だが投手としても打者としても素晴らしい才能を持つ。田山、岩城、馬場の中学時代の後輩であり、先輩達を高校まで追いかけてきた。

加藤弘●愛徳高校野球部員。不良学校の悪だが野球だけは真剣にやる。高校時代は由良明訓に敗れるが、その時の活躍で全丸大のノンプロチームに入団。左投げ左打ちの一塁手。

中間透●加藤と同じ愛徳高校野球部員。加藤よりも明るい性格だが相当の不良でもあった。甲子園では由良明訓に敗れたものの加藤と一緒に全丸大に入団。右投げ右打ちの三塁手。

高山志朗●全丸大のエース。里中よりも二歳年上で一年生の時の夏の甲子園では対戦はないものの出場していた。剛速球の持ち主だが四球で自滅する敗戦が多く、プロからの打診はあっても入団拒否をし続けている。後に里中に触発されて宝塚ブレイブに入団する。

湯川勝●江口らがプロ一年目で苦闘する71年。栃木県の柵新学院の進学クラスに突然現れた怪物ピッチャー。アマ、プロ球界を引っ掻き回す裏主人公。

湯本武●高校時代は甲子園出場を決めながら不祥事による出場停止。大学では四年時に監督との大喧嘩で退部。里中の入団拒否の代替でロビンスに入団。悲劇のピッチャーと呼ばれているが、明るく柄の悪いインテリヤクザ。

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