第33話 思春期激闘編●「監督辞任」
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「私としては精一杯、織田監督を引き留めた。せめて君たちと顔を合わせてから辞めて欲しいともお願いした。しかし織田さんは野球部の連中の顔を見てしまったら、せっかくの決心が鈍ると仰って辞任されたのだ」
残暑の厳しい中、小太りな校長はハンカチで汗をぬぐいながら部員に説明した。部員達にとっても衝撃的な織田の辞任である。言われてみれば確かに甲子園大会終了後に織田が部員との会話を避けているようなムードはあった。肝の据わった監督だが、甲子園決勝まで戦い抜き、さすがに疲れているのだろうと思っていた。
「まぁ誰が来ても、このチームはそう変わらんだろ」
馬場は、いつでもマイペースだ。岩城の口の悪さも変わらない。
「織田はよぉ。柄にもなく甲子園優勝なんかしちまったもんだから、秋季大会前に逃げちまったんだろう。ああいう豪傑ぶってるヤツに限って小心者なもんだ」
「じゃあ岩城も小心者ってことだぞ」
「ふん!俺様は本物の豪傑。織田は豪傑ぶった小者よ!」
田山も変わらない。たが、どこかで織田の辞任を予想していたようだ。
「織田監督は、このチームを完成させたんだと思う。完成してしまったら、つまらなくなったんだろう。あの人は刺激が欲しいんだ」
里中はジッと考えていた。小うるさい指導はしない監督だったが、新入部員の中では最も期待されていない里中を外野手としてレギュラーに抜擢。さらに予選中にピッチャーに転向させたのは織田監督である。田山、岩城、馬場は中学時代の実績をそのまま起用した形だが、里中だけは織田が短期間に作り上げた作品であった。
しばらくして土井が職員室からグラウンドに戻ってきた。従来であれば野球部を引退。次期主将を指名する挨拶のタイミングである。
「先生方と話をしてきた。織田監督の辞任は本当だ。すでにアパートも引き払われているらしい。まず次期キャプテンだが、谷口に頼む。谷口!引き受けてくれるな」
谷口は二年生の部員である。もともとは内野手だったが岩城や馬場の加入により外野手に回っていた。大会中は七番を打ち目立った活躍はしていない。そのせいか表情は渋い。
「僕ですか?僕は田山や岩城みたいに活躍もしてないし…」
「いや!俺は谷口先輩が適任だと思いますよ。いつも皆より少し早くグラウンドに来て、皆より少し遅く帰る。僕たち一年生のお手本になる二年生だと思いました」
岩城が普段の大柄な態度とは別人のような言葉遣いで谷口を推したことで全員が笑いを堪えた。当の谷口も顔を真っ赤にして俯いている。土井も笑いながら
「そういうことだ。谷口!個性の強いこのチームをまとめるのは一番真面目な谷口が適任なんだよ!引き受けてくれ!」
ようやく谷口が頷いた。
「そして織田監督に代わる新監督だが…先生方とも相談の上、俺がやることになった。やるからには秋季大会も選抜も全て勝つ!そのためには新チームをみっちり鍛えていく!」