第100話 閑話休題8●「70年代について」
文字数 2,379文字
里中と江口という二人のピッチャーを主人公に書いていこうというコンセプトだったけど、進めるごとに、とっちらかった群像劇になっていくのが自分でも面白かったりする。しかし読んでいるヒトは地獄かもしれないすね。
これよりプロットは1970年に向かっていきます。ビートルズの解散。学生運動の敗北。大阪万博の開催と、今、調べても70年というのは非常に面白い年。現実の野球界は巨人V9時代の七連覇目に当たる。ここで少し面白いのが梶原一騎原作の野球マンガ「巨人の星」の舞台が70年で終わり。次に描かれた「侍ジャイアンツ」は70年の日本シリーズ。巨人対ロッテ戦のベンチ内での会話から始まっている。
実際には「巨人の星」の最終回は71年1月頃。「侍ジャイアンツ」の連載開始が71年4月なので、70年という区切りで切り替わった訳ではない。ただし梶原一騎は、ここを分岐点にしたかったのではないか?と考える。どこか理詰めで気難しい星飛雄馬が60年代的な主人公であるとすれば番場蛮はストレートで直情型。試行錯誤で魔球を開発する星に比べて直感や偶発で魔球を生み出す番場が70年代的なキャラクターと感じられる。
この年に水島新司が、いよいよ「男どアホウ甲子園」を連載開始するのも興味深い。「スポーツマン金太郎」「ちかいの魔球」「黒い秘密兵器」「巨人の星」と続いてきた主人公は巨人に入団するという図式を壊す野球マンガが、いよいよ登場する。梶原一騎が主人公対ライバルという対個人的な戦いに焦点を当てていくのと違ってチーム対チームという群像劇的な表現方法を試みているのも「男どアホウ甲子園」の魅力だった。後に「ドカベン」という人気連載を抱える水島野球マンガの根底的な作品がここで登場する訳だ。
興味深いのは「ドカベン」が連載開始される72年には、ちばあきお氏による「キャプテン」同じ少年ジャンプに「アストロ球団」が連載開始されたことだ。「ドカベン」と「キャプテン」が必殺打法や魔球の応酬から野球マンガを救った作品と評価されているが「アストロ球団」は梶原作品以上に魔球と必殺打法。さらには超人守備等が登場した。未だにカルト的な人気を持つ野球マンガだが、登場人物の死亡、廃人化、重傷などが続出する殺伐とした内容で人気絶頂期にはアニメ化が企画段階で頓挫したとのエピソードがある。
この「アストロ球団」もV9末期に巨人軍と敵対するような図式を持っており、プロ野球を舞台にした野球マンガから巨人軍というブランドが薄くなってきている現象が見え隠れする。ただし野球マンガとして空前の大ヒットとなった「巨人の星」を何としても脅かすため、主人公が巨人軍に入団しない。巨人軍への入団を望まないというスタイルが作られつつあったと考えられる。
73年にV9は最終年となり、水島新司はパリーグ南海ホークスを舞台にした「あぶさん」を連載開始。連載開始直後には巨人対南海、日本シリーズの描写がある。「ドカベン」等に比べるとATG映画的な、やるせなさが漂う渋い青年マンガだった。水島氏は「あぶさん」にかなりの思い入れを持っていたようで長期連載されることになった。残念なことに初期の良い意味での地味さや人間臭さは連載が長期化されるにつれて薄くなっていった。
水島野球マンガの代表作の中で「野球狂の詩」の存在も忘れてはならない。東京メッツという架空球団をセリーグに描くことで等身大なプロ野球選手を巧く描いた。人気が出るほどに月刊連載が週間連載となり水原勇気という女性選手が登場する頃に初期のムードは失われたが、バッテリーと打者のしたたかな駆け引きによるドリームボールという魔球の存在は梶原一騎の魔球に対する水島流の回答であったように思える。
梶原一騎自身が水島新司への対抗意識があったか?どうか?は不明だが、野球マンガの大御所の座を簡単には明け渡さない…とばかりに76年に連載を開始したのが「新巨人の星」である。今でこそ人気マンガの続編が作られるのは常套手段となっているが当時としては一度、きれいに完結した作品の続編を描くというのは常識破りの行為にみえたはずだ。今では当たり前になった続編ムーブメントも梶原一騎が始めたと思うと面白い。
連載開始当初は75年の巨人軍歴史に残る最下位の苦闘を観ながら、利き腕を壊して引退し行方不明になっていた星飛雄馬が大衆食堂で焼酎をあおるシーンで始まり、なかなかハードな展開を期待したが打者としての球界復帰。さらには右投手としての再起。蜃気楼の魔球なる魔球の登場など、連載が進むにつれ元祖の焼き直しになっていったのは残念だった。
とは言え続編が原点作品を超えるのが難しいのは現在も変わらないことで、続編から続々編と続く中で、どんどんくだらなくなっていく作品も多い。またクウガ以降の仮面ライダーのように、くだらなくなっていくことさえお家芸としてしまう風潮もある。
その逆境の中で「新巨人の星」は正当な血統を持つ続編として、かなり上手くいった作品なのではないだろうか?少なくともプロ野球編以降の「ドカベン」と比べ原点作品のファンを納得させる水準で仕上がっているのは、さすがに梶原一騎と言うべきだろう。
しかし梶原一騎の野球マンガでメジャーヒットは「新巨人の星」までである。その後に「巨人のサムライ炎」なる作品を手がけるが「侍ジャイアンツ」の焼き直しといった雰囲気で何かこう空回りしていた。無論アニメ化どころか長年に渡って単行本化すらされなかった。