第14話 序章●「進撃する風雲児たち」

文字数 1,524文字



 由良明訓野球部の投手陣に不安を感じていた田山三太郎は里中繁雄を投手として鍛え上げていた。当初、一番センターというレギュラー・ポジションを与えられていた里中だが、外野からの返球が微妙に変化球になっているのに気付いた田山は控え投手として里中の練習メニューを変更させることを織田監督以下、主将土井らに承諾を取っていたのである。
 中学時代は野球のボールより一回り大きいソフトボールに慣れ親しんでいたことが、変化球投手里中を無意識に育てていた。さらに馬場の「横投げにすりゃシュート回転が付き易いんではないか」という進言により、投球フォームをサイドスローに転向。これもまたソフトボールで下手投げ投手の経験があった里中には合っていた。高校一年生としては珍しい変則投法の変化球投手が短期間に出来上がったのである。
 背番号1のエースナンバーは、そのまま三年生の大川がつけていたが、予選では里中が先発した。軽量、痩身の里中のスタミナは不安材料のため、その俊足を諦めた織田は里中の打順を九番で固定。一番打者としては型破りなサードの岩城、二番の馬場は、そのままで三番に土井、四番に田山を据える打線を組んだ。
 打率8割、1試合平均1本塁打のペースで打ちまくる田山は当然のことながら、岩城を一番に据えた奇襲作戦は由良明訓の強さを際立たせた。普通、高校野球の一番打者は出来るなら四球を選び、打率より出塁率を優先させるものだが、この岩城だけは試合開始後の第一球からホームラン狙いのフルスイングをしてくるのだ。概ね空振りに終わるのだが二回戦で先攻だった由良明訓は岩城のプレイボール・ホームランが飛び出し、相手投手は、たった一球で一点を失った。
 田山が鈍足なのと対照的に岩城は巨体の割には俊足も持っており、バントや流し打ちを得意とする器用な二番打者馬場とのコンビは相手チームを怖がらせた。最も岩城は打席6割が空振り三振という記録も打ち立てていた。普通の高校野球チームならばスタメン落ちしそうな成績だがバットにボールが当たった時の火を吹くような打球やメジャーリーガーばりの特大ホームランは、この男の魅力だったのである。
 岩城、馬場、田山を鷹陸中学出身三羽烏と呼ばれていたが、予選が進むにつれエース級の活躍をする里中も含めて由良明訓一年生四天王と呼ばれるようになった。一回戦こそ大川が打ち込まれ逆転勝利で辛勝したが、里中に投手を任せてから毎試合圧勝した。里中は三振の山を築き上げるタイプではないが、高校野球では珍しいサイドスローからの癖球で対戦する強打者も凡フライを打ち上げたり、内野ゴロに倒れた。岩城や馬場のような派手さはないが土井に鍛えられた上級生たちの守備は堅実で終わってみると完封していたのである。
 当初は地元の地方新聞で「一年生四天王が大活躍。由良明訓高校!甲子園か?」という類の記事が掲載されており、徐々に全国紙のスポーツ欄でも扱われるようになった。だが、それだけではなかったのだ。「見つけた!高校野球の王子様」「フォーリーヴスも逃げ出す美少年ピッチャー・鳥取のアイドル里中クン」「応援中の女子高生が失神!里中クンと由良明訓高校一年生四天王」などの見出しで女性週刊誌が騒ぎ出したのである。
 逆三角形の巨体の岩城、アンコ型の体型ながら大人びた顔立ちの田山の豪傑2人に小柄ながらニヒルな馬場、痩身の美少年里中という個性もバラバラな四人が並んだ写真がカラーグラビアでも紹介された。
 「応援中の女子高生が失神ってのはオーバーだな。日射病で医務室に運ばれただけじゃねぇか!週刊誌が書いてることなんか信用したら馬鹿ってことさ」
 そんな記事を目にした馬場がしらけ切った表情で苦笑していた。
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登場人物紹介

里中繁雄●本稿の主人公。野球選手と思えない痩身に芸能人も顔負けの美少年。サイドスローの技巧派投手。性格はルックスに反して強気で負けず嫌い。投手兼任外野手として活躍した後にノンプロ全丸大に入団。

江口敏●もう一人の主人公。ノンプロ野球選手だった父親に英才教育を受けた剛球左腕投手。童顔に逞しい身体を持つが闘争心はあまりなく、気は弱い。三年生の夏の甲子園で優勝投手となり、ドラフト一位で名門東京ガイヤンツに入団。

田山三太郎●里中のピッチャーとしての才能を見出した天才キャッチャー。打撃も凄まじくプロ野球のスカウトに注目されている。甲子園大会の通算本塁打記録も作り、ドラフト一位でパリーグの福岡クリッパースに入団。

岩城正●田山とは中学時代からチームメイトだった巨体の持ち主。三振かホームランという大雑把な選手だが怪力かつ敏捷さもあり、プロレス界が注目する逸材との噂はある。三年時にはキャプテンも勤め、そのリーダーシップは評価された。ドラフトでは江口の外れ一位ではあるがパリーグ近畿リンクスに入団。

馬場一真●田山、岩城と三羽烏と呼ばれた好打好守好走のセカンド。田山、岩城ほどのパワーはないがスピードと技術は最高。変わり者である。実は東京ガイヤンツから入団交渉を受けていたが野球の道は高校までと決めており、帝国芸術大学に進学する。

矢吹太●中学時代は将来オリンピック選手として期待された柔道の猛者でありながら、地元の不良や街のチンピラに慕われる奇妙な不良少年。江口の才能を認めキャッチャーへ転身する。高校時代は事実上のチームリーダーを務め、キャプテンとしてチームをまとめた。プロ入りは拒否。

朱美●矢吹の不良仲間で少女売春をやっている。根はマジメ人間で肉体を汚しつつも気持ちは美しい。江口に惚れられながら、自身は里中に惹かれていく。彼らとの交流を通して自分を変えるため、名古屋のデパートに勤める。

土井●里中ら一年生の時の三年生の主将。高校ナンバーワンのキャッチャーであり、女生徒に人気の男前であったが、田山にポジションを奪われ里中に女性人気を奪われる気の毒な先輩。しかし潔く後輩を立てる姿に人望を集めた。織田監督辞任後に新監督に就任。

織田●里中ら野球部の監督。かなりいい加減な人物だが選手の力量を見極める鋭い視点や実践形式でチームを育てる采配など有能な指導者。甲子園で優勝させてチームを去る。その後、江口の父親との縁で江口らの監督に就任。

天野●江口ら野球部の顧問。優秀な数学教師で弱小チームといえども独自の数学理論で一回戦ぐらいは勝たせる手腕を持つ。

小宮●江口ら一年生の時の三年生で主将。江口の入学で控え投手兼任外野手に転身するが江口らの理解者。

岡部●三年生の捕手で副主将。江口の実力を発揮させるために中学時代の後輩でもある矢吹を野球部に引き込んだ。

新山●静岡工業高校のエース。左腕の本格派として江口と比較される。英才教育を受けお坊ちゃんの江口に対して韓国籍による差別や貧乏に耐え抜いた。定時制から全日制への転入で年齢は里中、江口らより一つ上であり、江口に対してライバル心を燃やす。外国人枠で逸早く東京ガイヤンツに入団したが、怪我に悩まされている。

谷口●土井キャプテン引退後の新キャプテン。ともかく真面目で常識的な高校生。里中らが一年生の時には7番レフトで地味ながらチームを支えた。

青木●小宮引退後の新キャプテン。江口らが一年生の時には一番一塁手として出場。少し気が弱いが野球は大好き。学業の成績もいい。

ヨーコ●名古屋繁華街の組織の女の子。朱美の留守を守る。江口の相手をしたことがきっかけで江口の相談役となる。朱美が売春組織を辞めてデパートに就職したことに触発され、料理人の道を目指す。

夏美●中学時代から高校へと続く岩城の恋人。女子ソフトボール部の実力者。中学時代の里中を知っており、田山や岩城に、その才能を伝えた。甲子園球場周辺で朱美と知り合い友人になる。

黒沢秀●江口、矢吹の一学年下の新入生。抜群の運動神経と野球経験を持ちつつ、学科成績も優秀。レギュラーに抜擢される。

滝一馬●黒沢と一緒に好成績を収めた新入生。投手経験もあり江口に次ぐ青雲の投手になる。

内川亜紀●中学時代から矢吹のクラスメイト。不良少年の矢吹を嫌って避けてきたが、野球にのめりこみ無口になっていく矢吹の姿に惹かれていく。

浜圭一●里中と勝負するために明訓野球部に入ってきた新入生。右のオーバースローで速球派。生意気な性格は、そのままだが里中と並ぶ二枚看板投手に成長する。

池田●浜とは対照的に真面目で純情な新入生。田山を尊敬して入部。小学生に間違えられる小さな体だがキャッチャーとしての技術は高い。

八木●プロ野球界とアマチュア野球界を取り持つフィクサー。怪しげな人物だが常に選手のことを考えている温かい人物。

大田黒●ロシア系とのハーフであるため殿下と呼ばれる森沢高校のエース。実力は疑問視されながらもプロ入りを果たす。

二本松●里中達が三年生の時に入部してきた新入部員。不細工な顔と不恰好な体格だが投手としても打者としても素晴らしい才能を持つ。田山、岩城、馬場の中学時代の後輩であり、先輩達を高校まで追いかけてきた。

加藤弘●愛徳高校野球部員。不良学校の悪だが野球だけは真剣にやる。高校時代は由良明訓に敗れるが、その時の活躍で全丸大のノンプロチームに入団。左投げ左打ちの一塁手。

中間透●加藤と同じ愛徳高校野球部員。加藤よりも明るい性格だが相当の不良でもあった。甲子園では由良明訓に敗れたものの加藤と一緒に全丸大に入団。右投げ右打ちの三塁手。

高山志朗●全丸大のエース。里中よりも二歳年上で一年生の時の夏の甲子園では対戦はないものの出場していた。剛速球の持ち主だが四球で自滅する敗戦が多く、プロからの打診はあっても入団拒否をし続けている。後に里中に触発されて宝塚ブレイブに入団する。

湯川勝●江口らがプロ一年目で苦闘する71年。栃木県の柵新学院の進学クラスに突然現れた怪物ピッチャー。アマ、プロ球界を引っ掻き回す裏主人公。

湯本武●高校時代は甲子園出場を決めながら不祥事による出場停止。大学では四年時に監督との大喧嘩で退部。里中の入団拒否の代替でロビンスに入団。悲劇のピッチャーと呼ばれているが、明るく柄の悪いインテリヤクザ。

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