第165話 閑話休題11●「イップスについて」

文字数 1,975文字

 今は、かなり一般的な言葉になった「イップス」だが、筆者としても知らないことが多い。プロ野球界で多い症状は、ある種の投球恐怖症のようなものである。元広島の高橋慶彦選手などは現在、更新されているyou tubeチャンネルにおいて現役時代は「イップス持ち」であったことを告白している。近鉄、横浜で活躍した中根選手も同様だが、現役中はイップスの症状があっても、それを公表することはないようである。
 高橋選手の話によると投球動作が思うようにいかなくなるイップスは野手独特の疾患ではなく、ピッチャーにも時折いるらしい。例えば送球ミスで味方チームの選手に怪我をさせたとかが原因でイップスになるのか?と想像していたが、実際は、そういうものではないらしい。自身のイップスについて詳しく語っていたのは前述の高橋選手であるが「俺の場合は先輩が怖かったから」と話している。
 若手時代に逸早く頭角を現した高橋慶彦選手は遊撃手であったが二塁手の大下剛さんを恐れていたようである。大下さんは広島初優勝時の一番打者でもあるが、東映フライヤーズからの移籍組である。張本勲、大杉勝男、白仁天といった東映上位打線は一見、スジ者という雰囲気の選手が多く、大下選手などは俊足好守のスマートなプレーを魅力としながら、顔だけで相手投手をビビらせる雰囲気のある人物であった。後年、高橋選手も人は好いが強面という選手になったが、こういう強いメンタルの持ち主でもイップスを持っていたとは驚きである。
 またイップス持ちはプロ野球選手として致命的か?というと、そうでもない。高橋選手の現役時代も俊足で遊撃手としての守備も一流と呼ばれた選手である。同時期に大洋の山下大輔選手がいたため、ゴールデングラブ賞に縁がなかったが、80年代の強い広島カープの三番打者として何度も優勝に貢献している。
 同じく近鉄から横浜に移籍した中根選手も移籍した途端に98年、横浜ベイスターズ優勝に貢献したマシンガン打線の一員である。当時の権藤監督から「対左投手対策に中根が欲しい」と直接、声を掛けられたエピソードを本人も話している。「イップス持ちの俺を欲しいと言ってもらって凄く嬉しかった」というエピソードで中根選手がイップスに悩んでいたことが明らかになったが、現役時代の中根のイメージというと外野手にしても肩が弱い程度の認識だった。
 明らかに投球に難があるイップス持ちであっても、騙し騙しプレーするテクニックがあると、けっこうな名選手として名を残している。イップスを患ったら即引退という認識ではないようである。
 ちなみにイップスを用語として初めて使ったのは1930年代に活躍したトミー・アーマーさんというプロゴルファーである。アーマーさんによるとゴルフの場合はショートパット恐怖症という感じで直訳すれば「ひゃあ」とか「うわっ」など、あまり意味のない単語になる。
 もちろんゴルフ、野球だけではなくテニス、卓球、ボウリングなどでも多くの発症例がある。相手選手の怪我などが引き金になる場合もあるが、むしろスポーツで同じ動作を過剰に繰り返したことが原因。神経性の病気として局所性ジストニアと同じような症状だと分類されている。
 例えばピアニストの指が突如動かなくなってしまうような症状もある。EL&Pのキース・エマーソンなども局所性ジストニアを患ったらしい。文科系の著名人では薬物治療、外科的治療併せて克服例がある。ただし、的確な治療方法はまだ見つかっていないというのが現実のようだ。
 ちなみにスポーツでも何でも初めて初心者のイップス及び局所性ジストニアはあり得ないそうだ。単純に、それは下手とかミスというもので神経症ではないのである。
 現役時代の江川卓投手はランナーが出ても、あまり牽制球を投げないピッチャーとして知られている。江川投手は「ランナーが出て盗塁をしても、そのランナーがホームインしなければ得点しないだけで、後続の打者を三振に打ち取れば問題ないと考えていました。盗塁成功したランナーは給料の査定がよくなればお互いにハッピーじゃないですか?」というコメントが面白い。
 ただ当時、一塁手だった中畑選手は口うるさく江川に牽制球を投げろと要求するので、少々頭にきた江川投手は一塁手の中畑に150キロの牽制球を投げたことがあるという。両者ともにイップスにならなかったのは幸せだったが、案外、こういう精神状態とイップスは無関係なのかもしれない。
 ちなみに前述のトミー・アーマーさんは1967年に「ABCゴルフ」という本を出版されており、その文中にイップスのことが触れてある。現在、このプロットは1971年が舞台であるので、巨人軍首脳陣がスポーツ選手に起こりうるイップス症状は理解していたのではないか?というのが筆者の推測である。
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登場人物紹介

里中繁雄●本稿の主人公。野球選手と思えない痩身に芸能人も顔負けの美少年。サイドスローの技巧派投手。性格はルックスに反して強気で負けず嫌い。投手兼任外野手として活躍した後にノンプロ全丸大に入団。

江口敏●もう一人の主人公。ノンプロ野球選手だった父親に英才教育を受けた剛球左腕投手。童顔に逞しい身体を持つが闘争心はあまりなく、気は弱い。三年生の夏の甲子園で優勝投手となり、ドラフト一位で名門東京ガイヤンツに入団。

田山三太郎●里中のピッチャーとしての才能を見出した天才キャッチャー。打撃も凄まじくプロ野球のスカウトに注目されている。甲子園大会の通算本塁打記録も作り、ドラフト一位でパリーグの福岡クリッパースに入団。

岩城正●田山とは中学時代からチームメイトだった巨体の持ち主。三振かホームランという大雑把な選手だが怪力かつ敏捷さもあり、プロレス界が注目する逸材との噂はある。三年時にはキャプテンも勤め、そのリーダーシップは評価された。ドラフトでは江口の外れ一位ではあるがパリーグ近畿リンクスに入団。

馬場一真●田山、岩城と三羽烏と呼ばれた好打好守好走のセカンド。田山、岩城ほどのパワーはないがスピードと技術は最高。変わり者である。実は東京ガイヤンツから入団交渉を受けていたが野球の道は高校までと決めており、帝国芸術大学に進学する。

矢吹太●中学時代は将来オリンピック選手として期待された柔道の猛者でありながら、地元の不良や街のチンピラに慕われる奇妙な不良少年。江口の才能を認めキャッチャーへ転身する。高校時代は事実上のチームリーダーを務め、キャプテンとしてチームをまとめた。プロ入りは拒否。

朱美●矢吹の不良仲間で少女売春をやっている。根はマジメ人間で肉体を汚しつつも気持ちは美しい。江口に惚れられながら、自身は里中に惹かれていく。彼らとの交流を通して自分を変えるため、名古屋のデパートに勤める。

土井●里中ら一年生の時の三年生の主将。高校ナンバーワンのキャッチャーであり、女生徒に人気の男前であったが、田山にポジションを奪われ里中に女性人気を奪われる気の毒な先輩。しかし潔く後輩を立てる姿に人望を集めた。織田監督辞任後に新監督に就任。

織田●里中ら野球部の監督。かなりいい加減な人物だが選手の力量を見極める鋭い視点や実践形式でチームを育てる采配など有能な指導者。甲子園で優勝させてチームを去る。その後、江口の父親との縁で江口らの監督に就任。

天野●江口ら野球部の顧問。優秀な数学教師で弱小チームといえども独自の数学理論で一回戦ぐらいは勝たせる手腕を持つ。

小宮●江口ら一年生の時の三年生で主将。江口の入学で控え投手兼任外野手に転身するが江口らの理解者。

岡部●三年生の捕手で副主将。江口の実力を発揮させるために中学時代の後輩でもある矢吹を野球部に引き込んだ。

新山●静岡工業高校のエース。左腕の本格派として江口と比較される。英才教育を受けお坊ちゃんの江口に対して韓国籍による差別や貧乏に耐え抜いた。定時制から全日制への転入で年齢は里中、江口らより一つ上であり、江口に対してライバル心を燃やす。外国人枠で逸早く東京ガイヤンツに入団したが、怪我に悩まされている。

谷口●土井キャプテン引退後の新キャプテン。ともかく真面目で常識的な高校生。里中らが一年生の時には7番レフトで地味ながらチームを支えた。

青木●小宮引退後の新キャプテン。江口らが一年生の時には一番一塁手として出場。少し気が弱いが野球は大好き。学業の成績もいい。

ヨーコ●名古屋繁華街の組織の女の子。朱美の留守を守る。江口の相手をしたことがきっかけで江口の相談役となる。朱美が売春組織を辞めてデパートに就職したことに触発され、料理人の道を目指す。

夏美●中学時代から高校へと続く岩城の恋人。女子ソフトボール部の実力者。中学時代の里中を知っており、田山や岩城に、その才能を伝えた。甲子園球場周辺で朱美と知り合い友人になる。

黒沢秀●江口、矢吹の一学年下の新入生。抜群の運動神経と野球経験を持ちつつ、学科成績も優秀。レギュラーに抜擢される。

滝一馬●黒沢と一緒に好成績を収めた新入生。投手経験もあり江口に次ぐ青雲の投手になる。

内川亜紀●中学時代から矢吹のクラスメイト。不良少年の矢吹を嫌って避けてきたが、野球にのめりこみ無口になっていく矢吹の姿に惹かれていく。

浜圭一●里中と勝負するために明訓野球部に入ってきた新入生。右のオーバースローで速球派。生意気な性格は、そのままだが里中と並ぶ二枚看板投手に成長する。

池田●浜とは対照的に真面目で純情な新入生。田山を尊敬して入部。小学生に間違えられる小さな体だがキャッチャーとしての技術は高い。

八木●プロ野球界とアマチュア野球界を取り持つフィクサー。怪しげな人物だが常に選手のことを考えている温かい人物。

大田黒●ロシア系とのハーフであるため殿下と呼ばれる森沢高校のエース。実力は疑問視されながらもプロ入りを果たす。

二本松●里中達が三年生の時に入部してきた新入部員。不細工な顔と不恰好な体格だが投手としても打者としても素晴らしい才能を持つ。田山、岩城、馬場の中学時代の後輩であり、先輩達を高校まで追いかけてきた。

加藤弘●愛徳高校野球部員。不良学校の悪だが野球だけは真剣にやる。高校時代は由良明訓に敗れるが、その時の活躍で全丸大のノンプロチームに入団。左投げ左打ちの一塁手。

中間透●加藤と同じ愛徳高校野球部員。加藤よりも明るい性格だが相当の不良でもあった。甲子園では由良明訓に敗れたものの加藤と一緒に全丸大に入団。右投げ右打ちの三塁手。

高山志朗●全丸大のエース。里中よりも二歳年上で一年生の時の夏の甲子園では対戦はないものの出場していた。剛速球の持ち主だが四球で自滅する敗戦が多く、プロからの打診はあっても入団拒否をし続けている。後に里中に触発されて宝塚ブレイブに入団する。

湯川勝●江口らがプロ一年目で苦闘する71年。栃木県の柵新学院の進学クラスに突然現れた怪物ピッチャー。アマ、プロ球界を引っ掻き回す裏主人公。

湯本武●高校時代は甲子園出場を決めながら不祥事による出場停止。大学では四年時に監督との大喧嘩で退部。里中の入団拒否の代替でロビンスに入団。悲劇のピッチャーと呼ばれているが、明るく柄の悪いインテリヤクザ。

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