見知らぬ青年
文字数 1,444文字
低い声が森に響いた刹那、少年の体は重力に逆らって浮遊し、小さな体が地面に叩き付けられる事だけは免れた。少年の体は尻もちをつく形で着地し、彼の周囲には白い砂が舞い上がる。
「大丈夫か?」
この時、少年の頭上からは男性の声が聞こえ、彼は声の主を確認しようと恐る恐る目を開いた。そして、少年は何度か強く頭を振るうと、声がした方へ顔を向ける。
「怪我はねえようだな。ったく……いきなり落ちてくるから焦ったぜ」
それだけ言うと、声の主は腰を抜かしている少年へ、大きな手を差し伸べた。
少年は、差し伸べられた手に掴まると、たどたどしい口調で礼を述べる。彼の声はか細く、気持ちが乱れている為か、その瞳孔は大きく広がっていた。
「元気なのは良い事だけどよ。怪我をしてから後悔したんじゃ遅いんだぜ?」
男性は少年の手をしっかり握り、彼を力任せに立ち上がらせた。彼の身長は少年よりも頭一つ分高く、その暗褐色の瞳には少年に対する呆れみが浮かんでいる。
また、男性の乱雑に伸ばされた髪からは、彼の粗暴な性格が伺えた。しかし、彼が少年を見つめる瞳に敵意は無く、少年を心配しているように見える。
一方、少年は自らを混乱させた原因を思い出したのか、再び小刻みに震え始めた。
「そうだ……早く、早く村に戻らないと!」
自らの話を無視された青年は、呆れた表情を浮かべ溜め息を吐く。
「早く戻らないと……って、戻らないと親にでも怒られんのか?」
少年が焦っている理由を知らない男性は、そう言うと軽く笑いを浮かべた。
「違うよ! 村が燃えてるんだ!」
少年は、苛立った様子で頬を紅潮させると、出来る限り大きな叫び声をあげる。すると、男性は目を見開いて少年の顔を見下ろし、それから怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「村が……燃えてるだと?」
男性は険しい表情を浮かべ、慎重に辺りを見回した。しかし、青々とした葉が生い茂る木々に視界を遮られ、少年の話す村を確認する事は出来ない。
「ここからじゃ見えねえな……ひとまず、お前が言う村に案内しろ。詳しい話はそれからだ」
そう言うや否や、男性は焦った様子で少年の肩を強く掴み、少年の体を激しく前後に揺らした。
「話は、村に向かいながらでも出来る。早く向かう程、救えるものも増える!」
男性は、強い口調で自らの意見を話すと、少年の蒼い瞳をしっかりと見据える。少年は、男性の言葉に困惑した様子だったが、大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせると、男性の目を見つめて頷いた。
「こっちだよ!」
少年は男性の手を掴み、村へ向かって走り始めた。その後、二人は走りにくい山道を駆け抜け、幾度となく転びそうになりながらも少年の村へ到着した。村であった場所は、その殆どを炎に覆われ、その上方にはおどろおどろしい程の白煙が立ち上っている。
火の海を前にした二人は、強い光が発せられているにも関わらず目を見開き、その場で立ち竦んでだ。それでも、男性は気持ちを落ち着かせ、少年を不安にさせないようふるまう。
「近くに、大きな川か湖は有るか?」
男性の言葉を聞いた少年は、突然発せられた言葉に戸惑い目を白黒させる。彼の蒼い瞳には涙が浮かび、緊張と焦熱のせいか、額には髪が張り付く程の汗をかいている。
「川なら、村から少し北に行った所に有るけど……」
彼は震える声で川の有る場所を伝え、男性の顔を見上げた。
「了解」
そう言うと、男性は背負っていた木製の杖を両手でしっかりと掴み、低い声で呪文を唱え始める。