ヴァルタ百貨店
文字数 2,371文字
建物の入口には「ヴァルタ百貨店」と店名が分かりやすく書かれており、それを見たダームは興奮した様子で口を開く。
「大きな街だけあって、大きいお店があるんだね」
彼の蒼い瞳は輝き、眼前の建物にかなりの興味を持っていることが窺えた。
「そうだな。ダームは大学に入らないのだから、その間にゆっくり見て回るのも良いだろう」
ダームの楽しそうな声を聞いたベネットは、そう言うと百貨店の入口に歩みを進める。ザウバーは、楽しそうに目を輝かせる少年へ目配せをすると、ベネットの後を追う様に入口へ向かって進んでいった。
青年の目線に気付いたダームは、急いでザウバーの背中を追いかける。ダームが建物内に入った時、ベネットは案内図の前に立っていた。
「どうやら、女物と男物では、売り場が大きく離れている様だ。ここは、一旦別れて選んだ方が良さそうだな」
「確かに、その方が手っ取り早いな。集合場所を決めて、別行動をとるとするか」
ザウバーは、言いながら辺りを見回した。すると、店の入り口付近に、休憩用と思しき長椅子が何脚も用意されていた。
「あそこに休憩場所があるな。入口近付なら分かり易いし、買い物が終わったらあそこに集まるとするか」
ザウバーは並べられた椅子を指差す。一方、ザウバーの意見を聞いたベネットは、休憩所を見てから肯定意見を返した。
「決まりだな。買い物が済んだら、あそこで待つ。それじゃ、別れるとするか」
言うが早いか、ザウバーはダームの意見を聞くこと無く、自らの目的とする売り場へ向かって歩き始めた。
男同士という理由だけでザウバーに付いて来たダームは、待たされ続けた為か退屈そうに欠伸を繰り返していた。待つことに飽きたダームは、ザウバーの顔を見上げ、気怠るそうに口を開く。
「そろそろ決めないと、ベネットさんが待ってるんじゃない?」
「大丈夫だって。女の買い物は長いって言うだろ?」
悪びれること無く返すと、ザウバーは歯を見せて笑い始めた。彼の表情に焦る様子はなく、ダームは不機嫌そうに口を尖らせる。
「だからって、ベネットさんも長いとは限らないじゃん」
ダームは、青年が手にしていた服を奪い取って会計場所へ向った。ザウバーは少年の突然の行動に戸惑い、何か言おうと口を開いた。
「この服でいいじゃん。第一、急がなくていいの? 大学だって、遅くなったら入れなくなるんじゃないの?」
「わかったよ。その服にするから、怒るなよ」
ザウバーは、少年と共に会計へ向かった。会計を済ませた後、ザウバーは先に待ち合わせ場所へ向かうようダームへ伝え、個室に入って着替え始める。
「ベネットさん、居るかなぁ」
一足先に休憩所へ向かったダームは、周囲を見回しながら呟いた。この時、休憩所は以前より混み合っていて、そこから特定人物を捜すことは容易でなかった。
「あ」
そう声を漏らすと、ダームは目的とする人物の方へ向かい、確認の為に顔を覗き込む。すると、少年の瞳には、仲間の顔が映し出された。
「良かった。やっぱり、ベネットさんだった。服が変わったせいで印象も変わったから、間違っていないか不安だったよ」
ダームは頬を赤らめ、恥ずかしそうに頭を掻く。彼の目線の先には、明るい色の服を身に纏ったベネットの姿が在り、見慣れない服装はダームの鼓動を早めていた。
「この服装は、私の印象とは合わないか」
彼女の服は、全身を覆う白いローブから、学生達が着るような軽めのものに変わっていた。彼女が思わず手を当てた胸元からは、透き通るように白い肌が覗き、スカートの下からは華奢な脚がすらりと伸びている。
「そういう意味じゃなくて、吃驚する位綺麗だなって。勿論、元が綺麗じゃないって意味じゃなくて」
ベネットの表情に気付いたダームは、慌てて言葉を付け加えた。この時、彼の顔は真っ赤で、自分の発言に対して照れを感じていることが見て取れた。
そうこうしているうちにザウバーが到着し、ダームの肩に右腕を乗せながら口を開いた。
「何で赤くなってるんだよ?」
彼は、作りのしっかりとした衣服に着替えていた。また、それらの服と合わせる様に、淡い色のついた眼鏡をかけている。
「何でもないよ」
その言葉とは裏腹に、ダームの顔は益々赤くなっていった。ザウバーは、そんなダームの肩から腕を離すと、ベネットの方に向き直る。
「なかなか似合ってんじゃねえか」
「店員の勧めるままに買ったのだが、正解だったか」
そう言うと、ベネットは自分の着ている服を眺めた。
「似合ってる、似合ってる。俺様にはかなわねえけどな」
ザウバーは、大げさに胸を張ってみせると、自信ありげな笑みを浮かべる。
「言うと思った」
ダームは、わざとらしく大きな溜め息を吐く。
「その自信は、一体どこから涌いて来るのか、知りたいものだな」
ベネットまでもが溜め息混じりに言葉を漏らし、ダームと顔を見合わせた。
「おまえら」
「いや、似合ってはいるぞ。喋りさえしなければ」
「フォローになって」
「でも、的を射ているよね」
ザウバーの話を遮って言い、ダームはくすくすと笑い始めた。ザウバーは、その態度が気に喰わなかったのか、少年の頬を摘むと両側へ強く引っ張り始めた。この時、ダームは何か言おうとするが、頬を掴まれている為に上手く話す事が出来なかった。
「目立つ行為をするのなら、私一人で大学に向かわせてもらう」
ベネットの冷たい声を聞きとったザウバーは、慌てて彼女の方を振り返る。
しかし、既にベネットは歩き始めており、その背中はどんどん小さくなっていく。この為、ザウバーはダームを掴んでいた手を離すと、荷物を抱えて走り出した。