火を吹くドラゴン
文字数 1,517文字
呪文を唱えた後、男性が握りしめた杖を上から下へ勢い良く振るうと、彼の頭上には透き通る体を持つ竜が現れる。その蒼い竜は、杖が振り下ろされた方向に向かって飛んでいき、まるで獲物を飲み込むかの様に炎を消していった。
その光景を見ていた少年は、初めて見る光景に目を丸くし、感嘆の声を漏らす。そして、村を覆っていた炎が消えた時、少年は嬉しそうな表情を浮かべ男性の顔を覗き込んだ。
村を覆っていた炎が消え、彼らが安心したのも束の間、二人の前には巨大なドラゴンが現れる。恐ろしい程の威圧感を漂わせるドラゴンは、背中に蝙蝠の様な黒い羽を生やしており、その体表の殆どを硬い鱗で覆っていた。
また、その胸元には縦に長い楕円状の膨らみが二つ有り、仄かに赤い光を発している。少年は、体長が自分の数倍はあろうかというドラゴンの出現に驚愕し、恐怖によって体を硬直させる。そんな彼の状態に気付いた男性は、少年を庇う様にドラゴンの前に立ちはだかり、鋭い瞳を見据えた。
「なんだ、お前は!」
強い口調で言い放つと、男性は手に持っていた杖を真っ直ぐにドラゴンへと向ける。
「生憎、力無き人間共に名乗る名など、持ち合わせていない」
ドラゴンは、空気を震えさせる程の低い声を発した。その瞳は金色に輝いており、時折見える牙は恐ろしい程に尖っている。ドラゴンは姿勢を変えぬままゆっくり目を瞑ると、その胸を膨らませる程、大きく息を吸い込んでいった。
それを見た男性は、咄嗟に結界を張る呪文を唱える。呪文を唱え終えると同時に男性と少年の周りには魔法で形成された盾が生じ、ドラゴンが吐き出した炎は彼らに当たる事無く四散した。
「人間にしては、なかなかやる。だが、次は耐えられるか?」
ドラゴンは、胸が破裂してしまいそうな程に息を吸い込み続ける。すると、今までただ立ち尽くすことしか出来なかった少年は、抱えていた短剣の柄をしっかりと握り締めた。彼は意を決したかの様に目を見開くと、がむしゃらに短剣を鞘から引き抜いた。
少年はドラゴンの方へ向かって走っていくと、渾身の力を込めドラゴンの胸部へ短剣を突き立てる。その短剣は、少年が真っ直ぐに進んだおかげか、ドラゴンの体へほぼ垂直に深々と刺さっていた。
しかし、深く突き刺さったとはいえ、それは刀身の短い剣だった。その為か、ドラゴンの強靭な体はびくともしなかった。その上、ドラゴンは苛立った様子で咆哮すると、眼前に居る少年を力まかせに突き飛ばした。
歴然とした力の差に抵抗出来なかった少年は、ドラゴンの前方へ物凄い速さで飛んでいった。直後、少年は背中を思いきり大木へ打ち付け、そのまま気を失ってしまう。
ドラゴンは、少年が呆気なく気絶したことを確認すると、蔑みの眼差しを向け冷笑する。それから、ドラゴンはゆっくりと男性の方に向き直り、攻撃を仕掛けようと大きく息を吸い込んだ。
ところが、ドラゴンが攻撃を放つよりも前に、その体は短剣が刺さった箇所を中心にして砕け始める。それに気付いたドラゴンは驚いた様に目を見開くが、その頭部も程なくして崩壊を始めた。
ドラゴンの体は、まるで粘土で作られた像が崩れるかの様に壊れていき、最終的にはその肉片や鱗で形成された小山を作り上げた。その小山は、夕日を受けて妖しい光を発し、周囲へ血と内容物の入り混じった生臭い匂いを放出している。
その不可思議な光景を目の当たりにした男性は目を丸くし、不安と困惑が入り混じった声を漏らした。そして、彼はドラゴンであったものを見やると、体を大きく震わせ、その場で力無く膝をついた。