救出
文字数 3,101文字
この為、ベネットはモーリーの捜索よりも先に、彼女等を近くの町に連れていくことを提案する。ザウバーは、彼女の提案を快く受け入れると、女性達の近くに立って呪文を唱え始めた。
呪文の詠唱が終わった時、ザウバー達の体は淡い色の光に包まれる。そして、その光が消えた時、ダームとベネットの眼前から、ザウバーと八人の女性達が一瞬にして消え去った。
女性達を送り届けた後、ザウバーは半ば諦めた様子で小屋の中を確認する。小屋の中は、ダームとベネットが細かい蔓まで取り除いた為、床が見える程綺麗になっていた。
それ故、あちこち凝視したところでモーリーが見つかる筈も無く、青年は気怠そうに大きな溜め息を吐く。
「さっきから気になってはいたんだけど、小屋の奥から蔓が生えていたみたい。だから、一応あの下も調べてみようよ」
ダームは、そう言うと小屋の左奥を指し示した。指し示された場所には、少年の言う通り蔓の根元らしき部分がある。そして、それは微かに青みを残していた。
「そうだな。根が残っていると、そこから何度でも生えてくる植物もあるらしい。今後の被害を無くす為にも、確認した方が良いだろう」
ベネットは、そう言うと足早に小屋の隅へと向かっていく。それから、ベネットは床に膝をついて蔓の根元を確認した。
「根元だけあって、枯れてはいてもしっかりしているな」
「そうみてえだな。でも、どうせこの小屋はリューンの物なんだろ? だったら、床を壊して根元を破壊しちまえばいいじゃねえか」
ザウバーは、そう言うなり床板を剥がし始める。
床下を覗ける程に剥がしたところで、ザウバーは恐る恐る床下を覗き込む。すると、彼の瞳には、楕円形をした大きな物体が映し出された。
その物体は茶色く、上部には僅かながら蔓が残っている。
「あれは、種……なのか?」
青年の背中越しに床下を見ると、べネットは不快そうに眉を顰める。
「だが、種にしては大きくないか?」
「でかかかろうが、あれが何だろうが、調べる事に変わりはねえ」
ザウバーは自らの考えを遠まわしに伝え、再び床板を剥がし始める。そうして、ザウバーは人が降りられる程の大きさになる迄、床板を剥がし続けていった。
その作業を終えた後、青年は剥がした床板を纏めて小屋の外へ投げ出し、床下に降りる。
「じゃあ僕も」
そう言うと、ダームも床下に飛び降りた。
「それでは私も」
「いや、場所が無い。ベネットは、上で休んでいてくれ」
「分かった。だが、もし調査に疲れたら言ってくれ。直ぐに交代する」
ベネットは床下を覗き込んで言うと、小屋の床へ座り込んだ。
ダームは大きな楕円形の物体を様々な方向から観察し、大きな瞬きをした。
「ザウバーの言う通り、種みたいだね」
「だとしたら、あの忌々しい蔓が生えない様、破壊しねえとな」
ザウバーは目を瞑り、魔力を集中し始める。
「我が眼前に在りし諸悪の根源よ、我が魔力の前に打ち砕かれよ……ザーストレン!」
ザウバーが呪文を唱えた瞬間、楕円形の物体からは勢い良く破片が飛び散った。すると、その近くに居たダームは、飛び散ってきた破片に次々と襲われてしまう。
小さいながらも多くの怪我を負ったダームと言えば、破片を落とす為に激しく頭を振り、泣きそうな声を漏らす。
「大丈夫か?」
ダームの声を聞いたベネットは、慌てて床下を覗き込み問い掛けた。
「大丈夫。ちょっと驚いただけ」
ベネットの心配そうな声を聞いたダームは、腕を上に伸ばし元気な声で返答をした。
「ならば良いが……もし、酷い怪我をしたり調子が悪くなったりしたら、直ぐに言うのだぞ」
少年の返答を聞いたベネットは、心配しつつも床に腰を下ろした。
「すまねえ、ダーム。思ったより、この表面が堅くてよ」
「大した怪我じゃないし平気。それより、続けよう」
謝罪を受けたダームは、相手に気を遣わせまいと微笑んだ。しかし、ダームの顔には複数の掠り傷が有った為、ザウバーは一瞬言葉を失ってしまう。
「だが、こいつが種だとしたら堅いのは表面だけだ。これからは魔法を使わずにやるぞ、いいか?」
「うん。それだったら僕も手伝えるし、構わないよ」
ダームは、そう言うと刀を引き抜いた。
「じゃあ、決まりだな。早速、こいつをぶち壊すぞ!」
ザウバーは勢い良く袖を捲り上げる。それから、二人は目線を合わせて頷くと、それぞれ剣と拳を力一杯に振り下ろした。
すると、二人が付けた傷口から、粘り気の有る白い液体が吹き出し、四方に飛散する。飛散した粘液はダームの剣やザウバーの手にも付着し、緩やかに下方へ垂れていった。
「うわっ! 何これ、気持ち悪い」
得体の知れない物質を目の当たりにしたダームは、不快そうに声を漏らした。そして、彼は剣に付着した液体を振り払う為、何度か激しく剣を振るう。
「お前は、触れたのが剣だから、まだマシじゃねえか」
ザウバーは何度も勢い良く手を振り、それでも取りきれない粘液に嫌気がさしたのか、大きな溜め息を吐いた。一方、ダームはザウバーの言葉に耳を貸すこと無く、目の前に有る物体をまじまじと見つめている。
「何かが、この中で動いて……る?」
ダームは眼前の物体を見つめたまま呟き、ザウバーは少年がつけた傷口から中を覗き込む。すると、ザウバーの瞳には、微かに動いている小さな背中が映し出された。
「これは……まさか人間?」
ザウバーは中を覗き込んだまま、ひどく驚いた様子で声を漏らした。
「人かも知れないんだったら、早く出してあげようよ」
そう言うと、ダームはザウバーに向かって微笑み掛ける。
「だな。可能性が有るんだったら、その可能性に対して最善をつくさねえと」
ザウバーは少年の意見を受け入れ、微笑み返した。そして、二人は顔を見合わせて頷くと、手が汚れる事を気にも留めず、目の前に有る物体を壊し始める。
「本当に、人間だったとはな」
試行錯誤の末、何とか中に居たものを解放したザウバーは、溜め息混じりに声を漏らした。また、目の前に居る女性が全く動かない為、ダームは心配そうに女性の顔を見つめている。
「ザウバー、その者を此方に移動させることは可能か? その場所では、横に寝かせるのも難しいだろう」
青年の声を聞いたベネットは、床下を覗き込みながら問い掛けた。
「ああ、この位の距離なら楽勝だ。つっても、移動後に少し衝撃を与えちまう。そこんとこは、お前に任せる形になるが構わねえか?」
ザウバーはベネットの質問に答え、代わりに一つの確認をした。
「問題無い」
ベネットから返事を受けたザウバーは、大きく頷いてみせる。それから、彼は目を瞑って呪文を唱え始める。
「我が眼前に在りしものを、安息の地へと誘い賜え……シュクウェーベン!」
青年が呪文を唱え終えた瞬間、女性はゆっくりと浮き上がり始めた。ベネットは、魔法によって浮かんだ女性を、慌てた様子で抱きかかえる。
そして、ベネットは抱えた女性のあまりの軽さに気付くと、心配そうな表情を浮かべた。
「さてと、俺達も戻るぞ!」
そう言うや否や、ザウバーはダームの脇腹を掴んで勢い良く持ち上げた。
「えっ、ちょっ……ザウ」
ダームは予想だにしなかったザウバーの行動に戸惑い、思わず情けない声を漏らした。しかし、ザウバーはそれに構う事無く、少年を床上へと放り投げる。
その後、乱暴に放り投げられたダームの体は、その勢いで小屋の壁に叩き付けられてしまった。