空を舞う白馬
文字数 2,422文字
「出発して良いのならば、ペガサスを召喚しよう」
「行かなきゃ始まらねえんだ。行くんなら、早いとこ向かおうぜ」
ベネットの話を聞いた青年は、眩しそうに空を仰ぎ見る。
「そうだね。ノイキュステには余り聖霊の情報も無かったし、ザウバーの言う通り早く島に向かおう」
その一方、ダームは早くペガサスを見たいと言わんばかりに、目を輝かせながら言葉を発した。
「わかった。では、早速召喚するとしよう」
二人から了承を受けたベネットは、軽く目を瞑って魔力を集中し始める。
「銀翼を持つ聖なる神獣よ、我が前に現れ力を示せ……エキューサス!」
ベネットが詠唱を終えると、青年より肩の位置が高い白馬が現れる。白馬の背中には、光を受けて輝く銀色の翼が有り、そのしなやかで長い尾も同じように輝いていた。
また、その威厳を確かなものにしているであろう鬣は、海風に靡きながら金色に輝いている。
「御久し振りですね。私を喚ぶという事は、何かお困りで?」
白馬は、背中に生えている羽根を上方へ伸ばすと、召喚主の返答を待つ様に小刻みに震わせた。
「ああ。此処から北北東に位置する島へ移動したくてな」
問い掛けられたベネットは、金色の鬣を優しく撫でながら返答した。
「なる程。島への移動となれば、私が召喚されたのは自明の理。その命を承りましょう」
白馬は一歩後退して頭を下げ、その銀翼を思い切り空へ向けて伸ばした。
「いつもすまないな」
ベネットは、白馬の温かな鼻筋を撫でながら、その黒色の瞳を優しく見つめる。
「ただ、今回は私の他に二人居る。距離はそれ程遠くはないが、大丈夫か?」
すると、白馬は微かに首を傾け、無言でダームとザウバーを見やる。白馬は、暫くの間目を瞑って考えた後、ベネットの肩に顎を乗せた。
「一人は子供ですし、運べないことは御座いません。ですが、安全を考えて、移動は二度に分けた方が宜しいかと」
耳元で囁くように言葉を紡ぐと、白馬は顔を引いてベネットの顔を見つめる。
「ファーガがそう考えたなら、任せよう」
白馬の答えを聞いたベネットは、そう言うとファーガに対して微笑み掛けた。
「では、先ずは離れた位置に居る男を運びます。見知らぬ土地へ、女子供を先に行かせるのは危険でしょうから」
ベネットの了承を得たファーガは、前脚の蹄を数回地面に叩き付けた。
「確かに、単体で運ぶなら一番体格の良いザウバーだろう。それに、魔法が使えるザウバーならば、一人残されても寒さを凌げるだろうからな」
「かしこまりました。それでは、ザウバーとやらを島に運んで参ります」
そう言うと、ファーガはベネットを見つめて頭を下げる。それから、彼は光を受けて輝く尾を揺らしながら、青年に近付いていった。
「ベネット様の命にて、貴殿を島に運ぶ。振り落とされないよう、しっかりと掴まっていろ」
ザウバーの前に立つと、白馬は両前脚を大きく折り曲げ、自らの背中の位置を低くした。それから、彼は鼻先を軽く揺らし、青年に自らの背中へ乗るよう促した。
そんな彼の仕草を見たザウバーは、ゆっくりとファーガの背中に乗り上げる。
背中に重さを感じたファーガは勢い良く立ち上がり、直ぐに海へ向かって走り出す。ザウバーは、その勢いで後方へ仰け反り、慌てた様子でファーガの鬣を掴んだ。その後、青年は前屈みの姿勢を取ると、ファーガの首へ手を回す。
一方、鬣を掴まれたファーガは小さく首を震わせ、浅瀬に足を浸けたところで力強く空へと舞い上がった。
「凄い……本当に空を飛んでいった」
ファーガが空を飛ぶ瞬間を見たダームは、驚いた様子で言葉を漏らした。
「ファーガは、力強い跳躍を得意としているからな。初めて飛び立つ瞬間を見たら、驚いてしまうのは当然だろう」
目を丸くしている少年に気付いたベネットは、微笑みながら話し始めた。
「ペガサスにも、飛ぶのが得意とかあるんだね。何だか親近感が沸いちゃう」
「ペガサスも生き物だからな、得手不得手は有る。そうだな、折角だからファーガが戻るまでペガサスの話をしてみようか」
そう告げると、ベネットはペガサスの生態や能力について語り始めた。
ベネットが色々な説明を終えた頃、ファーガは羽根を羽ばたかせながら戻ってくる。その後、ファーガは静かに着地すると、二人の前へ歩みを進めた。
「お待たせ致しました。これから島までお運び致します。しっかりと掴まっていて下さいね」
ファーガは、前脚を大きく折り曲げ、二人へ自らの背中に乗るよう促した。ベネットは少年に目配せをし、先に乗るよう手をファーガの方へ向ける。
彼女の仕草に気付いたダームはファーガの背中に跨り、ベネットは彼の後ろに腰を下ろした。
「では、出発いたします」
背中に二人が乗った事を感じたファーガは、それだけ言うと助走をつけて大空へ舞い上がっていく。
空を飛びながら雪の降り積もる島を確認したファーガは、落ち着いた様子で二人を一瞥する。
「そろそろ着陸致します。多少は揺れるので、気を付けて下さい」
そう言うと、ファーガは羽根を海に対して水平に伸ばし、雪原を目指して滑空を始める。ファーガは、なるべく衝撃が無いよう着陸すると、数歩進んだところで羽根を畳んだ。
着陸を終えたファーガは青年の近くまで歩み寄り、再び前脚を大きく折り曲げ肩の位置を下げる。その後、ベネットはファーガに礼を言いながら地面に足を下ろし、慎重に雪の降り積もった大地を踏みしめた。
「ありがとう、凄く楽しかった」
そう言うと、ダームは勢い良くファーガの背中から飛び降りる。この際、彼は慣れない雪原に転びそうになりつつも、なんとか体勢を立て直して一息ついた。
三人を無事にディス島へ運んだファーガと言えば、首を振るいながら体勢を立て直す。
「それでは、私はこれにて失礼致します」
それだけ言うと、彼は再び空へ飛び立っていった。