大人と子供
文字数 1,555文字
彼らが煉瓦道を進んで行くと、途中で何度か分かれ道に差し掛かった。しかし、地理に詳しいアークが居る為、進むべき道を迷うことは無い。
彼らが歩みを進めるうちに空の色は変わっていき、気温も肌寒い程に下がり始めた。そして、空が藍色に変わり始めた頃、アークは重苦しい空気が立ち込める洞窟の前で立ち止まる。
「ここが、お話したクルークの洞窟です。道中でも申し上げた通り、この洞窟はかなり広く魔物も出現する為、大変危険です。また、既に陽も暮れてしまっております。ですから、万全を期す為にも、一度体を休めてから調査を開始した方が良いと思うのですが、どうなさいますか?」
アークは、ダームとザウバーの顔を見ながら返答を待った。アークの提案を聞いたザウバーは、その一言を待っていたと言わんばかりに笑顔を浮かべる。
「だな。腹も減ったし、ここで一息いれるとするか」
彼は背負っていた荷物を掴むと、柔らかな草が生えている地面へ投げ下ろした。
「腹が減っては戦は出来ぬ、と言いますしね。食料は、十二分に持ってきました。ですから、遠慮なさらずに食べて下さい」
アークは背負っていた荷物を静かに下ろし、その荷物の封を丁寧に解いていく。
彼は荷物の中に入れていた敷物を手際良く地面へ広げ、その上に用意しておいた食料を静かに並べていった。麻布で作られた敷物の上には、パンやチーズの他、乾燥させた肉や色とりどりの果物が並べられている。
「僕の村では見た事の無い食べ物が、いっぱい有る」
嬉しそうに笑うと、ダームは敷物の上に並べられた食料へ、小さな手を伸ばした。しかし、ダームの考えとは裏腹に、ザウバーは彼の手首を素早く掴む。
「お前は……買い揃えたのも金を払ったのもアークなんだから、ちったあ遠慮しやがれ」
「いえ、本当に遠慮なさらないで下さい。ヘイデルの警備兵でも無い御二人に、危険な洞窟へ入って貰うのです。この位の事で喜んで頂けるのなら、私も嬉しいですから」
そう言うと、アークは優しい笑みを浮かべてみせる。それから、アークは先ほど少年が手に取ろうとしていたパンを手渡した。ダームは満面の笑みを浮かべて礼を言い、そのままパンにかぶりつく。
ささやかな晩餐が始まり、アークが用意した食料は段々と無くなっていった。ダームはパンや乾燥肉を食べ終えたところで腹部を押さえ、満足そうに息を吐き出す。少年は、軽く空を見上げると、今にも閉じられてしまいそうな目を擦った。
「お腹が一杯になったら、急に眠くなってきたよ」
「明日の事もございますし、ゆっくりと体を休めて下さい。その間、私が見張りをしておきますから」
アークの優しい言葉を聞いたダームは、頭を強く横に振り何とか眠気を取り去ろうと試みた。
しかし、今までの疲れが出てしまったのか、ダームは倒れ込む様に寝てしまった。無防備な姿で寝てしまったダームを見たザウバーは、自分の上着を脱ぎ小さな体へ掛ける。
「なんだかんだ強がってはいても、結局は年端のいかない子供なんだよな」
ザウバーはアークの方を向き、軽く片目を瞑ってみせた。
「いいじゃないですか、可愛いくて。それに、寝る子は育つとも言いますし」
声を殺して話すと、アークは眠っているダームの髪を優しく撫でた。
「ちゃんと休んで下さいね。貴方だって移動で疲れているでしょう?」
「分かった。だが、数時間経ったら交代するから、アークもしっかり休んでくれ」
アークがザウバーの考えに対して小さく頷くと、ザウバーは静かにその場で横になった。