力を得る為の痛み
文字数 1,473文字
落ち着いた様子で目を瞑ると、ザウバーは神経を研ぎ澄ませた。
ザウバーがファンゼの居場所を探り始めた時、聖霊は泉の畔へ転移をしていた。その泉の周りには、鮮やかな花々が咲き乱れており、一帯に甘い香りを漂わせている。
「会話の邪魔になる者達から離れたところで、話の続きです。貴女には光聖霊たるリヒトの力を使って、ここ一帯を照らして頂きたいのです」
そう伝えると、ファンゼはベネットの目を優しく見つめた。しかし、ベネットは突然の話に驚き、言葉を詰まらせてしまう。
「勿論、協力して頂けるなら、それに見合った礼は致します」
彼女の困惑した様子を気に留める事無く、聖霊は落ち着いた様子で言葉を紡いでいった。
「いえ、礼には及びません。ただ、聖霊の恩恵があるとはいえ、私の力で光を齎す事が出来るか不安なのです」
「では、私が力を解放する手助けをしましょう。但し、解放される力が大きい程、強い痛みを伴うことになります」
聖霊は、そう伝えると静かにベネットの方へ歩み寄る。
「痛み……ですか?」
聖霊の顔を見つめ、べネットは恐る恐る聞き返した。
「はい。そもそも、光聖霊の力を使いこなすには、穢れ無き魂と強い精神力が必要です」
そこまで伝えると、ファンゼは大きく息を吸い込んだ。
「貴女は、無意識の内に幼少期の記憶を封印している。裏を返せば、貴女がその忌まわしい記憶と向き合い克服する事が出来れば、精神力によって力を制御する事が可能となります。そして、それが可能となった暁には、強大な力を解放することも可能となるのです」
そう説明を加えると、聖霊はベネットに対して微笑んだ。
「過去の忌まわしい記憶か」
ベネットは、聞いた話を整理する為に目を瞑り、大きく息を吐き出した。
「はい、誰の心の中にも闇は有ります。これは、生きとし生ける者の宿命とも言えるでしょう」
ファンゼは、自らの考えを確かめる様に、数回小さく頷いた。
「重要なのは、その闇と向き合い克服すること。闇の存在を認めるだけでも、心の呪縛を解き放つことに繋がると言われています」
そう言うと、聖霊は両手でべネットの手を包み込む。
「そして、その呪縛から解き放たれた者は、様々な力を手に入れることが出来るとも言われております」
ファンゼがそう話した時、二人の間には温かな風が吹き抜けた。その風は花の甘い香りを運び、二人の髪を靡かせる。
「但し、その闇と向き合うには、心を引き裂かれる様な痛みを味合わねばなりません」
気持ちを探る様に、聖霊はべネットの瞳をじっと見つめた。
「ですから、無理にとは言いません」
そこまで伝えると、ファンゼは微笑みながら頭を横に傾けた。その一方、ベネットは気持ちを落ち着ける為に、何度か深呼吸を繰り返す。
「構いません。力の解放が出来る様になるならば、これからの旅も楽になります」
彼女は自らの決意を示す様に、聖霊の瞳を見つめた。
「貴女なら、そう言って下さると信じておりました」
了承を得たファンゼは、一歩後退するとべネットの眼前に手を翳す。すると、人間の顔程に大きな花が現れ、周囲に金色の花粉を放出した。
そして、その花粉を吸い込んだベネットは、意識を失って倒れ込んでしまう。
「後は、貴女の精神力に掛かっています。どうか、精神崩壊をせずに、此方へ戻って来て下さい」
そう呟くと、ファンゼは倒れ込んだベネットの体を抱き締めた。
ベネットの体を支え始めてから暫くして、ファンゼは物悲しそうに空を仰いだ。