権力を示す紋章
文字数 1,557文字
「これだけ回ってるのに、何で何処も満室なんだよ!」
彼は、人通りの無い道で叫ぶと、乱暴に髪を掻き乱した。
「仕方がない。明日は教会学園でとあるイベントが催される。それを見る為に、各地から人が集まっていからな」
「イベントねえ」
ザウバーは、訝しそうな表情を浮かべて声を漏らした。
「さっき、ベネットさんが明日なら学園に入れるって言ってたけど、それってイベントが有るから?」
苛立つ青年とは対照的に、ダームは楽しそうな表情を浮かべてベネットに問い掛けた。
「そうだ。だが、詳しい事を話すと長くなる。今は泊まる場所を探す方が先だろう」
そう言うと、ベネットは軽く目を閉じた。
「そうは言ってもよ、これだけ捜しても空室がねえんだ。下手したら、街に居るってのに野宿になるぜ?」
ザウバーは、そう返すと深く長い溜め息を吐く。
「仕方ない。権力に頼るのは癪だが、ここは私が一肌脱ごう」
溜め息混じりに呟くと、べネットは踵を返して歩き始めた。その後、彼女は高層の建物の前で立ち止る。
ベネットは、立ち止まったまま宿泊施設を観察した。建物の周囲には、多くの木が植えられており、そこには色とりどりの花が咲いている。
また、建物の入り口からは暖かな光が漏れており、それが街道から続く小道までも照らしていた。
「大きな宿ならば、三人位は泊まれるだろう」
それだけ言うと、ベネットは建物の中に入る。
「いらっしゃいませ」
フロントに居た従業員が、元気良く歓迎の言葉を発した。しかし、彼は移動中に汚れてしまった三人の衣服を見るなり、怪訝そうな表情を浮かべる。
「お客様、御予約は?」
それでも、従業員は直ぐに元の笑顔に戻り、慣れた口振りで予約の有無を尋ねた。
「いや、予約はしていない。隠密にやらねばならない指令が有る。故に、予め居場所を知らせる行動は厳禁だった」
ベネットは左袖を捲り、露出させた左腕を従業員に見せつけた。
ベネットの左腕には十字架をモチーフにした紋章が刻まれており、それを見た従業員は思わず息を飲む。
「それは、OTOの紋章」
紋章を見た従業員は、目を見開いて掠れた声をあげた。
「大きな声を出すな。隠密の指令と言っただろう? 此方は、証拠隠滅の為に何等かの手段を取る事も出来る」
すると、従業員は気持ちを落ち着けようとしてか、胸に手を当て何度か深呼吸をする。
「失礼いたしました。何名様の御利用でしょうか?」
彼は何事も無かったかの様に話し、ベネットの目を見つめて笑顔を浮かべた。
「私と護衛二人の三人だ」
そう答えると、ベネットは後方で待つダームとザウバーを静かに見た。
「かしこまりました。開いている部屋が有るか確認致しますので、少々お待ち下さい」
そう言うと、従業員は忙しそうにフロントの奥へ消える。
それから数分が経ち、従業員は慌てた様子でフロントに戻った。
「大変お待たせ致しました。それでは、部屋へ御案内致します」
そう告げると、彼は三人を客室に誘導し始めた。
従業員は、昇降機で階層を移動した後、「1701」と書かれた客室の前で立ち止まる。そして、彼は後ろを振り返ると、ベネットに金色の鍵を手渡した。
「御客様の部屋は、こちらになります。御食事は、電話をして下されば何時でもお持ち致します。それでは、ごゆっくり」
そう言うと、彼は深々と頭を下げて立ち去った。ベネットは渡された鍵でドアを開けると、仲間に目配せをして客室に入る。
すると、彼女へ続く様に、ダームとザウバーも部屋の中に入った。ベネットは、全員が部屋に入った後で部屋の鍵を閉め、ドアへチェーンを掛ける。