襲撃者達
文字数 2,432文字
「女以外、寝たな」
「そうだな。攻撃を仕掛けるなら今しか無い」
声を殺して話す者達は、草木の間から三人の様子を伺い、目線を合わせた。そして、彼らはべネットの方へ目線を移すと、足に力を込め勢い良く立ち上がる。
彼らは、ほぼ同時に茂みから飛び出すと、ベネットの方へ一目散に駆け寄っていく。
「貴様の命、草木聖霊に認められしこのリン!」
「同じく、キーが貰い受ける!」
ベネットは、直ぐに声がした方を振り向くと、駆け寄ってきた二人を睨み付けた。それから、彼らを睨み付けたまま鼻で笑うと、掌を勢い良く二人へ向ける。
「我が眼前に存在せし悪しき者を、気高き力の象徴により捕らえ賜え……シェルファング!」
二人が到着するよりも前に、ベネットの力が発動した。
すると、走る二人を取り囲むように、乾いた地面からは弧を描く物体が現れる。襲撃者達は、地面から生じた無数の大きな牙の中に閉じ込められ、ベネットに近付く事すら叶わなかった。
「貴様等、何者だ?」
そう言い放つと、ベネットは牙で作られた檻越しに冷たい視線を送る。彼女の褐色の瞳には、彼らに対する蔑みや哀れみの感情が浮かんでいた。
「我が名はリン! 草木聖霊様の生贄として、穢れ無き乙女を捧ぐ者!」
そのような状況下にあっても、リンと名乗る者は全く怯む事無く言い放った。大声を放つ彼の眼は見開いており、かなり興奮していることが窺える。
「こんな檻、聖霊の加護を受けた私達兄弟の妨げにはならない」
キーと名乗った者は、リンに続けと言わんばかりに大声を発する。しかし、彼の体は震えており、言葉とは裏腹に動揺していることが見て取れた。
「直ぐに力を見せてやる」
大きな声で話すと、リンはキーと顔を見合わせた。
リンに対してキーは頷き、檻の中に居る二人は目を瞑って何かを唱え始める。しかし、キーは直ぐに慌てた様子でリンと顔を見合わせた。
「おかしい、呪文が発動しない」
「当然だ。この檻は相当強力な魔力を持つ者、或いは獣聖霊たるカニファ様と相対する存在……つまりは、草木聖霊の力を持つ者で無くば逃れる事は叶わん」
「ならば、私達が出られないのはおかしい」
「私達兄弟は、確かにリューン様から力を与えられた」
その時、辺りが騒がしくなったせいで目が覚めたのか、ザウバーは目を擦りながら騒ぎの中心へやってきた。
「うっせえな」
ザウバーは、大きな欠伸をしながらベネットの横に立つ。それから、彼は牙で出来た檻を見た。
「何だ、こいつら?」
「いきなり襲撃してきたのでな。取り敢えず、話を聞く為にこの処置を行った」
驚いているザウバーとは対照的に、ベネットは淡々と彼の質問に答えていく。ベネットの説明を聞いたザウバーは、膝を曲げて檻の中を覗き込んだ。
「まずい。男が寝ているうちに女を攫おうと思ったのに、起きてきてしまった」
「このままでは、モーリー姉様を助けられない」
そう声を漏らすと、檻中の二人は顔を見合わせて青ざめる。
「何言ってんだ、こいつら?」
依然として状況が飲み込めていないのか、青年は不思議そうな表情を浮かべてベネットの顔を見た。
「さてな。先程、穢れ無き乙女をリューン様へ捧ぐ……などと喚いていたが、リューンなど知らぬしな」
そう答えると、べネットは呆れた様子で首を横に振る。
「リューン様は、西の森に住まう草木の聖霊! 馬鹿にすると、ただでは済まされない!」
「それに、私達三兄弟は、リューン様から頂いた能力を使って今まで生きてきた!」
そう言うと、キーは怒りにまかせて拳を地面へ叩きつける。
「何言ってんだ? 草木聖霊はファンゼだろうが」
リンの話を聞いたザウバーは、事態を収拾させたいと言わんばかりに、至極冷たい口調で言い放った。
「リューン様に会った事の無い奴が何を言う! 私達は、リューン様の力に依って質の良い植物を育て生計をたててきた。これは紛れもない事実!」
ザウバーの話を聞いたリンは、不利な状況であるにも関わらず、歯を見せて笑みを浮かべた。
「だから何なんだよ。質の良い物は、積み重なった知識や経験で出来るもんだ。そんなもん、別に聖霊の力じゃねえよ」
しかし、ザウバーがそれに怯むはずもなく、檻中の二人は何も言えなくなってしまう。
「哀れだな。この状況においても、騙されている事に気が付かないのだから」
彼らのやり取りを見ていたベネットは、溜め息混じりに呟いた。
「そんな事無い。確かに私達は、リューン様の力によって魔法を使える様になった。だから」
そこまで話したところで、リンは言葉を詰まらせ俯いた。
「魔法ってのは、生まれついた才能が有ったとしても、使える様になるかどうかは別だからな」
ザウバーは呆れた様子で話すと、目を細めて空を仰ぐ。
「逆に言えば、魔法を使えないと思っていた奴が、何らかの切っ掛けで使える様になる例もある。その場合、危険性も知らずに強い魔法を使うことが有るから、厄介なんだよ」
ザウバーは苦笑し、ベネットの目を一瞥する。
「つまり、リューンは何らかの契機を与え、二人が魔法を使える様にした。そして、あたかも自分が力を与えたかの様に振る舞ってきたという事か」
ベネットは、そう言うと檻中の二人を見る。
「だろうな。第一、本当に聖霊の力を与えられてんなら、簡単に逃げられるだろ」
ザウバーは呆れた様子で長く息を吐く。
「兎に角、夜が明けたらリューンが居る森とやらに行ってみよう。そうすれば、リューンが何者であるかも判明するだろう」
それだけ話すと、ベネットはダームが寝ている方へ向かっていった。
「だな。コイツらに関わっていても時間の無駄だ。声もいちいち耳障りだし」
それを見たザウバーは、叫んでいる二人を無視してベネットの後を追う。そして、彼はベネットへ寝るよう伝えると、焚き火の前に陣取って周囲を警戒し始めた。