アーク式封印術
文字数 2,196文字
この時、まるで声へ反応する様に、行き止まりである筈の岩壁から数体の魔物が吐き出された。その魔物達は、大きな牙と蝙蝠の様な黒い羽を持ち、奇声を発しながら三人の方へ向かってくる。
魔物は金色の瞳を見開くと、アークの頸部に狙いを定め勢い良く飛びかかった。
「我が眼前に在りし穢れしものを、業火によりて焼き滅ぼし賜え……フレイムブラスト!」
しかし、攻撃を仕掛けることの出来る前に、魔物はザウバーの唱えた呪文により紅蓮の炎に包み込まれた。
空気を震わせる程の断末魔を上げると、魔物は洞窟内から跡形もなく消え去った。
「信じ難い現象ではございますが……洞窟が魔物の発生源という噂は、当たっていたようです。ですから、私は封印を施す魔法を発動させねばなりません。ですが、この魔法の詠唱には、かなりの時間と集中力を要します」
そこまで伝えるとアークは目を瞑り、胸元を押さえながら大きく息を吸い込んだ。
「ですから、詠唱中は御二人に魔物の相手をお任せして宜しいですか?」
アークは、申し訳無さそうに二人の目を見つめ、そのまま二人の返答を待つ。
すると、アークの言葉を聞いた二人は、元気良く肯定の返事をなした。そして、彼らは互いに顔を見合わせると、何時出現するのかわからない魔物に対して身構える。
「有難う御座います。それでは、頼みます」
アークはしっかり目を瞑り、両腕を洞窟の突き当たりへ向けて真っ直ぐに伸ばした。
「悪しき者を生み出しし邪悪の源よ」
アークが詠唱を始めると、岩壁には白色の光が走り始め、それは徐々に円を描いていった。
「我が聖なる力において」
光の円の中には、アークが言葉を発する度に光の線が走っていき、新たに出現しようとする魔物を押さえ込んでいく。
「封印したまえ」
アークは、目を開くと大きく息を吸い込んだ。彼は伸ばした腕を交差させると、勢い良く振り下ろす。すると、光の円陣からは雷光の様に光の線が走り始め、壁は様々な色の光で満たされていった。
「シールディング!」
アークが力強く呪文を言い放つと、彼の眼前には七色に輝く光の壁が生じる。彼は、その壁を見つめ、ゆっくりとした呼吸を繰り返した。ところが、アークが安心したのもつかの間、彼は意識を失い、その場に倒れ込んでしまう。
「アークさん!」
ダームは、叫び声を上げながらアークの元へ駆け寄ろうとする。しかし、ダームが動くことの出来る前に、今まで洞窟を照らしていた魔法の効果は切れてしまった。洞窟の最深部は冷たい闇に支配され、少年の視界は遮られた。
「アークさん!」
ダームは酷く慌てた様子で声を荒げると、見えていないにも関わらず顔の向きをあちこちに変えた。
「落ち着け!」
ザウバーは、少年の動揺を和らげる様に、低くはっきりとした声で言い放つ。しかし、彼の言葉だけでは、ダームの不安を拭い去る事は叶わず、少年は泣きそうな声を漏らした。
「大丈夫だ! 優秀な魔法使いである俺様が居るんだぜ?」
この為、ザウバーは啜り泣くダームを励まそうと、出来る限り明るい声で話しかけた。
「でも、ザウバーは、回復魔法を使えないって言ってたし」
「黙って大人しくしとけ。この俺様が、素晴らしい魔法を見せてやるから!」
そう言うと、ザウバーは直ぐに詠唱を開始する。
「御地に宿りし精霊よ、我らをヘイデルへ誘い賜え……ヴェーグリヒ!」
ザウバーが詠唱を終えた瞬間、彼らはヘイデルに在る武具店の前へ移動していた。この為、いきなり光の下へ引き出されたダームは、驚いたように周囲を見回し、眩しそうに激しく瞬きを行う。
それから、彼は自分の置かれた状況が全く掴めないといった様子で呆けた表情を浮かべ、ザウバーの顔を見上げた。
「俺の魔法で、三人をヘイデルまで移動させた。俺様に掛かれば、その光景を強く思い描ける場所なら、どんな距離でも一瞬で転移出来るからな」
ザウバーが周囲を見回した時、アークは目を開き低い声を漏らす。
「無事に封印を終えたので、緊張が解けて体から力が抜けてしまった様です」
アークはザウバーの顔を見上げ、そのままにこやかな笑顔を浮かべる。
「本当……に?」
すると、彼の言葉を聞いたダームは、アークが無事に目を覚まして安心した為か涙を流した。アークは、その声へ反応するようにダームの方に顔を向け、少年へ心配をかけさせまいと笑顔をみせる。
「はい。私の力を見くびらないで下さいね」
そう言って立ち上がると、彼は衣服に付いた汚れを掌で払った。
「大丈夫とは言っても、暫く戦力になりませんが」
アークは二人の顔を見ながら苦笑いを浮かべる。二人の目に映るアークの顔色は青白く、体調が良いようには見えなかった。
「いいじゃねえか。封印が上手くいったなら、アークの仕事だって減っただろ? 回復するまで休んだって、罰はあたらねえよ」
ザウバーは、そう言うとアークの背中を軽く叩く。その後、ザウバーはさりげなくアークの左横に立つと、彼の脇下に自らの右腕を回していった。
ザウバーはアークの左手首を掴むと、倒れないように体勢を整える。
「病院なり自分の家なりに案内しやがれ」
アークは頷き、ザウバーに進むべき道を知らせながら警備兵の救護室へ向かって進んでいく。彼は救護室に入ったところで二人へ礼をい言い、治療が終わるまでは別れて行動することとなった。