交渉と得られた報酬
文字数 2,283文字
「この御二人が、報告にあった者達か」
司祭は顎に蓄えた白髭を撫で、ダームとザウバーの姿を確認する。司祭の視線に気付いたダームは、緊張した面持ちで背筋を伸ばした。
「はい。そこで、厚かましい事は承知の上、司祭様に御願いがございます」
アークは顔を上げ、司祭の顔を見た。
この為、司祭は微かに首を傾げ柔らかな笑みを浮かべる。
「単刀直入に申し上げますと、教会に保存されている古文書を、この御二方に見せて頂きたいのです」
「しかし、何故?」
話を聞いた司祭はアークの目を見つめ、訝し気な表情を浮かべた。
「それは」
「魔王を封じる方法を知りてえんだよ」
アークが理由を説明しようと話し出した瞬間、ザウバーはそれを遮る様に口を開いた。
「うちの兄貴は、孝古学者だ。数ヶ月前にも新しい遺跡を見つけたとかで、出掛けたんだ」
ザウバーは拳を握り締め、辛そうに唇を噛む。
「その兄貴が今輪の際に発動した魔法から、魔王が復活した事……それが、俺の心の中に飛び込んできたんだ」
そこまで説明すると、彼は目を瞑って大きく息を吸い込んだ。
「俺が居た町は、兄貴の魔力を追ってきた魔物に破壊された。だから、俺は……」
ザウバーは、そこまで説明をすると目を伏せ、悔しそうに言葉を詰まらせた。
「そうでしたか、そんなお辛い事が」
司祭は、悲しそうに目を細めた。
「良いでしょう。魔王の復活は確認されておりませんが、貴方が嘘を仰っているとも思えません。今回は、特別に古文書をお見せ致しましょう」
司祭はザウバーの目を見つめ、優しく微笑んだ。了承を得たザウバーと言えば、頭を上げて司祭を見た後、感謝の念を込め深々と頭を下げる。
「それでは、此方へ」
そう言いながら祭壇を降りると、司祭は教会の奥へ皆を誘った。この時、アークは休んでいた分の仕事を済ませる為に立ち去り、ダームとザウバーの二人が司祭の後を追う。
二人が司祭に案内されるまま進んでいくと、礼拝堂から続く廊下の端に古ぼけた扉が有った。
その扉は木製で、周縁には簡素な模様と共に、小さな文字が沢山刻まれている。また、真鍮製のドアノブには何かしらの術が掛けられているのか、司祭が手を触れた際に柔らかな銀色の光を放った。
司祭がその扉を引き開けると、そこには地下へ繋がる階段が存在していた。その階段は薄暗く、歩く際に注意すべき足元すら、良く確認することが出来ない。
この為、彼らは壁を伝うようにして、慎重に階段を下りていった。そうして、教会の地下室へ移動した司祭は、後方を振り返り温かな笑顔を浮かべる。
「暫くの間、その椅子に座って御待ち頂いても宜しいですか? すぐに古文書をお持ち致しますので」
そう伝えると、司祭は静かに右腕を伸ばし、オーク材で作られた肘掛け椅子を指し示した。彼はゆっくり一礼すると、本棚と本棚の間にある狭い通路へ向かっていく。
彼らが居る部屋は、貴重な蔵書を守ろうとしている為か空気が乾燥しており、肌寒いほどに涼しかった。また、日の光が差し込まない地下である為か、照明から離れた場所は、隣に居る者の顔でさえ目を凝らさなければ見えない程に暗かった。
そのせいか、ダームとザウバーが椅子に座ると、木材に蓄えられていた冷気が大腿や背中を通じて彼らの体幹へ伝わっていく。
二人の体が冷え切った頃、司祭は分厚い書物を抱え、彼らの方へ戻ってくる。
「お待たせ致しました。こちらが、所望された古文書でございます」
息を切らしながら話すと、司祭はザウバーへ古文書を手渡した。一方、古文書を受け取ったザウバーは、その書物を落とさぬよう、しっかりと胸に抱え込む。
彼は礼を言うと古文書を自らの膝に乗せ、その一枚一枚を丁寧に捲り始めた。その後、司祭は足音をたてない様に立ち去り、地下室にはダームとザウバーが残るのみとなった。
それから数時間もの間、ザウバーは古文書を舐める様に読み続けており、その眼差しは徐々に鋭くなっていった。
一方、ザウバーに待たされ続けているダームは、つまらなそうに何度も大きな欠伸を繰り返した。また、彼はときおり手持無沙汰そうに歩き回っては、椅子に座り直した。
そして、ダームが目を瞑り始めた頃、ザウバーは興奮した様子で椅子から立ち上がる。
「やっと見つけたぞ! 魔王を封印した時の記録を!」
この時、他に音源の無い室内では、彼の声だけが大きく響き渡っていた。
「見せて、見せて」
ザウバーの嬉しそうな声を聞いたダームは、開かれていた頁を興味深そうに覗き込む
――ビロス暦六百七年
災いを齎す魔王が生まるる。
魔王により数多の命は奪われ
大気や地は汚された。
ビロス暦六百十六年
暗黒が支配する世界に
一筋の光が現れた。
しかし、
その清き光ですら
魔王を滅する事は叶わず、
聖なる剣と
強力な封印魔法により
封印するに留まった――
「これだけ?」
ダームは、小さく声を漏らすと残念そうな表情を浮かべた。
「何も情報が無いよりはマシだ。聖なる剣と強力な封印魔法……これらを調べる必要が有りそうだ」
満足気に話すと、ザウバーは古文書を傷め無いよう、開かれていた箇所を静かに閉じた。
「何だかんだ言うのは後だ。先ずは、礼拝堂へ戻るぞ」
そう言うと、彼は地上階に繋がる階段へ向かって歩き始めた。その階段は、建物の古さを表すかの様に、二人が足を乗せる度に鈍い音を発する。地下から明るい廊下に出ると、二人は気持ちよさそうに息を吸い込み、礼拝堂へ向かって進んでいった。