力の開放
文字数 2,665文字
「ベネットさんは、リューンの所に着いたのかなぁ?」
静寂に耐えきれなくなったのか、少年は心配そうに問い掛ける。
「俺達がここへ着く迄に掛かった時間から考えりゃ、着いたんじゃねえの」
「そっか……それにしてもベネットさん、一人で大丈夫かな?」
ダームが寂しそうに俯いた瞬間、窓が一つしかない小屋へ、目を開けていられない程の強い光が差し込んでくる。
「うわっ!」
突然の光に驚いたダームは腑抜けた声を漏らし、強く目を瞑った。一方、ザウバーは手で目を覆い、光が収まった頃合いを見計らって目を開く。
「今の光、ベネットの魔法か?」
「だとしたら……ベネットさんは、力を解放したって事?」
ダームは涙を浮かべ、目を擦り始める。
「確証はねえが、時間的に考えてそうだろうな」
ザウバーは、まるで何かを思い出した様に勢い良く立ち上がる。
「御地に宿りし精霊よ、我らを牙檻へ誘い賜え……ヴェーグリヒ!」
彼が呪文を唱え終えた瞬間、小屋で待機していた三人は淡い色の光に包まれる。その淡い光が消えた時、彼らはリューンを捕らえた檻の前に移動していた。
ベネットは、突然現れた三人に気付くなり目を見開き、溜め息を吐きながら口を開く。
「待っていろと、言ったのにな」
そう話す彼女の声は擦れており、腕は小刻みに震えていた。ザウバーはベネットの方に歩み寄ると、彼女の虚ろな瞳を見て話し出す。
「肩で息しながら良く言うぜ」
「流石、ジーナス大学を卒業しただけの事はあるな。強大な力を解放するとどうなるか、知っていたのだろう?」
「ああ。だからこそ、転移魔法を使って此処まで来た」
そう言うと、ザウバーは軽く片目を瞑る。一方、ベネットは小さく息を吐き出すと、力無くその場に倒れ込んでしまった。
「フレーゲン!」
その刹那、ザウバーが唱えた呪文により、白光がベネットの体を包み込む。光に包まれたベネットは、気を失ったまま浮遊し、ゆっくりと地面に腰をつけた。
「すまねえが……今日は、此処で休ませてやってくれねえか?」
ザウバーはダームとモーリーへ問い掛け、申し訳なさそうに二人の顔を見つめた。
「私は構いません。ですが……ベネットさんは大丈夫なのでしょうか?」
「そうだよ! 第一、こうなる事が分かっていて、何でベネットさんを止めなかったの!」
ザウバーは攻撃的なダームの言葉に怯む事無く、少年を睨み付ける。
「お前は、ベネットの性格からして、あの場面で止めていたらどうしていたと思う?」
ザウバーに強く言い返されたダームは、思いがけない返答に驚き言葉を詰まらせてしまう。
「もし、あの時に止めていたら、ベネットは俺達を小屋に閉じ込めてでも一人で向かっただろう。仲間を傷付けない為にな」
そう言うと、ザウバーは気怠そうに地面へ腰を下ろした。その一方、ダームはザウバーの意見に納得がいかないといった様子で口を開く。
「でも!」
「でも、じゃねえよ。もし、俺達が閉じ込められたまま、ベネットがこの森で倒れていたらどうする。それこそ、危ないんじゃねえのか?」
ザウバーは、ダームと目を合わせる事無く返答すると、呆れた様子で大きな溜め息を吐いた。
「確かに、ベネットさんは色んな力を使えるし、仲間や困ってる人達に優しいから……やりかねないけど」
「あの……それで、ベネットさんの体は大丈夫なんでしょうか?」
緊迫した空気が流れる中、モーリーは申し訳無さそうにザウバーへ話し掛けた。
「力を放出し過ぎたせいで疲弊してはいる。だが、命に別状はねえ。安心しろ」
ザウバーはモーリーに向き直り、彼女を安心させようと優しく微笑んだ。ザウバーの言葉を聞いたモーリーは目頭を押さえ、安堵の涙を浮かべる。
「気を失っていた誰かさんだって、今はこうやって会話が出来る位に回復しているじゃねえか。それに、ベネットは自ら力を解放した。つまり、力の制御はしているだろうから、大事には至らねえよ」
そこまで説明を終えると、青年はモーリーの目を見つめ、歯を見せて笑う。
「でも、ベネットさん、まだ気を失ってるよ」
「だからなあ!」
ダームに向けた怒声のお陰か、気を失っていたベネットは目を覚ます。そして、彼女はザウバーとダームの顔を見ると、そのまま小さく口を開いた。
「先程、ザウバーを見直したのは、間違いだった様だな」
ダームはベネットに近付き、彼女の手を強く握り締める。
「良かった……ベネットさんに何か有ったら、僕」
そこまで伝えたととろで、ダームは言葉を詰まらせた。
「すまない。今度こそ、リューンを完全に滅そうとして、力を解放し過ぎた様だ」
そう説明すると、ベネットはダームに微笑み掛ける。
「そう言えば、問題のリューンはどうなったの?」
涙を拭いながら言うと、ダームは静かに辺りを見回した。
「リューンは完全に浄化された。もう復活することは無いだろう」
「そう言えば、リューンが消えてるや。流石、ベネットさんは凄いね」
そう言うと、ダームは嬉しそうにベネットへ抱きついた。その勢いに負けたのか、ベネットの体は後方へ傾いてしまう。
「嬉しいのは分かるけどよ、少しはベネットを休ませてやれ。まだ、本調子じゃねえだろうから」
その光景を黙って見ていたザウバーだったが、堪りかねたのか少年に注意を加えた。この為、ダームはゆっくりベネットから離れると、俯きながら謝罪の言葉を述べる。
「気にするなダーム。カニファ様の恩恵を受けている為か、普通の人間より回復力が高い」
「あのな、いくら聖霊の恩恵を受けているって言っても、倒れた事は事実だ。強がってねえで、ちったあ休みやがれ」
そう言うと、ザウバーはベネットへ毛布を投げつける。
「しかし、モーリーを兄弟の元へ送らねばなるまい」
「私の事なら気になさらないで下さい。森で過ごすのは、慣れていますから」
「そうは言っても」
「分かりました。でしたら、私は此の場から梃子でも動きません」
モーリーは、いつになく強く、しっかりとした口調で言い放つ。
「こうなったら、完全にお前の負けだ。今日はここで休む……いいな?」
「分かった。そうまでされた以上、対抗する術や理由もない」
「そうと決まれば、直ぐに休め。そんで、明日は早めに出発しようぜ」
そう言うと、ザウバーは他者の顔を一人一人見る。そして、彼は夜間の見張りを買って出、三人へ安心して休むよう伝えた。