大いなる力
文字数 2,646文字
一晩ゆっくり休んだ後、三人は意気揚揚と宿を発つ。その際、十二分に睡眠をとって体力を回復させたザウバーは、宿を出るなり大きく伸びをした。
「昨日のうちに装備も揃えたし、出発しようぜ」
彼は、腕を上方に伸ばした姿勢のまま、元気良く声を発する。それから、ザウバーは仲間の姿を横目で見ると、目を細め大きく息を吐き出した。
「購入した地図から、山を越えた先にノイキュステという街が在ることも知れた。先ずは、その街を目指すことを考えよう」
そう言うと、ベネットは仲間の顔を静かに見る。それに気付いたダームと言えば、次の街へ向かうことが余程に嬉しいのか、楽しそうに頷いた。それから、彼は仲間の顔を覗き込むと、軽い足取りで進み始める。
それから数時間、彼らは黙々と狭い山道を歩いていた。山道は時に急勾配の場所があり、決して楽な行路とは言えない。
また、陽の当らない道にはぬかるんだ箇所が多くあり、先頭を歩くダームはそれを仲間に知らせながら進んでいた。何度目かの獣道に差し掛かった時、ザウバーは片目を瞑り、大きく息を切らしながら口を開く。
「そろそろ……休憩……しねえ、か?」
そう話す彼の声は擦れており、言葉の合間に入る呼吸音は、かなり苦しそうであった。彼の苦しそうな声を聞いたベネットは歩く速度を緩め、周囲をゆっくり見回した。
「そうだな。幸い、少し先に開けた場所が見える。彼処ならば、体を休めることが出来るだろう」
彼女は、涼しい顔で一つの提案をすると、微笑しながらザウバーの顔を見た。
「そうだね。細い道に居たら、ゆっくり休めないもんね」
そう言うや否や、先頭を歩いていた少年は嬉しそうに走り出す。そして、一足先に目的地へ到着すると、彼は目を見開き感嘆の声を漏らした。
「この場所、すっごく眺めがいいよ!」
楽しそうに言うと、少年は後方を振り返って手招きをする。少年の楽しそうな様子を見たベネットは、小さく頷くと直ぐにダームの元へ向かっていった。
その後、ベネットは少年の横に立ち、その場から見える光景を静かに眺めた。二人の目線の先には、青々とした平原が広がっており、その視野の中程には、中心に高い塔を備えた街が在った。
「ダームの言う通りだな。それに、この場所からならば、フォッジの街も一望出来るようだ」
そう話すと、ベネットはダームの方を向き柔らかな笑みを浮かべた。
そんな中、一番後ろを歩いていた青年は、辛そうに息を切らせながら到着をする。
「お前等……なんで、そんなに余裕……なんだよ」
途切れ途切れに言うと、青年は膝に手を付き、二人が居る方向に目線を送った。
「なんでって、僕は山の近くで暮らしてたし。良く山で遊んでたから慣れてるし」
ザウバーの言葉を聞いた少年は、さも疲れない事が当然であるかの様に言い放った。
「私は、様々な地を移動した経験が有る。それ故、大抵の道には慣れた。それに、誰かと違って、無駄な動きはしないしな」
ベネットは周囲を見回し、座りやすそうな岩の上へ腰を下ろした。
「って言うか、見た目からしたらザウバーが一番体力有りそうなのにね」
ダームは、そう言うと笑いながらベネットと顔を見合わせる。
「俺は、魔法使いなんだよ……魔力と知力で、勝負してんだ」
少年の嫌味を聞いたザウバーと言えば、途切れ途切れに声を漏らした。
「ザウバーが知力かあ」
「あ……とで覚えて、やがれ」
ザウバーは、荒い息を繰り返しながら話すと、柔らかな草が生えている場所を選び仰向けに倒れ込んだ。
休み始めてから暫くして、大きな低音と共に激しい揺れが三人を襲った。この為、仰向けに寝ていたザウバーは、揺れを警戒して跳ねるように起き上がる。
「なんだ、今の揺れは!」
休んだことにより体力が回復したのか、ザウバーはいつもの調子で言い放つ。仲間の声を聞いたダームは、目を白黒させながら何度か辺りを見回した。
「もう揺れない……よね?」
そう言うと、少年は不安そうな表情を浮かべてザウバーと顔を見合せる。それから、ダームは山の麓に目線を移した。
「あれ? ここに着いた時はフォッジが見えていた場所……凄く大きな樹が生えてるよ」
ベネットは、静かに立ち上がると、ダームの言葉へ反応するように山の麓を見る。
「恐らくは、ファンゼの力だろう。元々、学園の有った場所には、ファンゼの力によって大樹が生えていたそうだからな」
小さく息を吐き出すと、べネットは落ち着いた口調で自らの考えを述べていった。
「それを、欲深い人間共が毒を用いて枯らした。以来ファンゼの力は衰え、大樹を復活させることが出来なかったらしい」
そこまで話すと、ベネットは二人の顔を交互に見る。
「だが、事情を知った私が、ファンゼの言うままに力を解放した。その際、毒は浄化され、ファンゼは大いなる力を取り戻した様だった」
ベネットは、大きな溜め息を吐くと、再び山の麓を見下ろした。
ベネットの説明を聞いたザウバーは、呆けた表情を浮かべてから言葉の意味を考え始めた。その後、彼は何度か小さく唸り、何かに気付いた様子で目を見開く。
「ってことは……ファンゼは、元々あの大樹が生えていた場所。つまり、教会学園を破壊したってことなのか?」
驚いた様子で声をあげると、青年は緊張した面持ちでベネットの目を見つめた。
「それは、定かではない。何分、フォッジから離れたこの場所では、大樹が破壊した為に街が見えぬのか、単に大樹に隠されて見えぬのか。その判断すらつかないからな」
そう言うと、ベネットは俯き軽く目を瞑る。
「なら、こう考えようぜ? ファンゼは、二度と過ちを起こさせない様に、警告として街の近くに大樹を復活させた。それがやたらに大きい樹だから、たまたまこの場所からは街が隠れちまった」
一通り言い終えると、青年はその場に力無く座り込む。
「ああ。聖霊は、無駄に命を奪おうとはしない。そう信じよう」
そう言うと、ベネットは悪い考えを振り切る様に、頭を強く横に振った。
「さて、何時までも此処に居ては時間の無駄だ。明るい内に進めるだけ進んでしまおう」
「だな。暗くなってから山道を移動するのは危ねえ。明るい内に進めるだけ進んで、暗くなったら体を休めようぜ」
べネットの心中を察したのか、青年は無理に明るく振る舞ってみせる。それから、彼は勢い良く立ちあがると、直ぐに細い山道を進み始めた。