少年の熱意に折れてみせた青年
文字数 1,863文字
ザウバーは、ダームが起きたことに気付くなり、座っていた椅子から立ち上がる。
「起きたか? 顔色も良くなったみたいだし、お別れだな」
それだけ言うと、彼は少年の反応を待つ事無く、廊下へ繋がるドアに向かって歩き始めた。その瞬間、ダームはベッドから跳ねる様に起き上がり、慌てて青年の元へ駆け寄っていく。
「待って、僕も連れて行って!」
ダームは立ち去ろうとする青年の服を両手で強く握り締め、何とかその場に引き留めようと試みた。
「連れて行けって、お前は俺がどこに向かおうとしているのか、判って言ってんのか?」
少年の考えを理解出来なかったザウバーは、怪訝そうな表情を浮かべて冷たく突き放す。すると、ダームは彼の言葉に反応してか、俯き唇を噛み締めた。
「正直言って判らない」
そう言うと、少年は拳を強く握り締め、目に涙を浮かべながらザウバーの顔を見上げた。その拳は小さく震え、動揺の為か柔らかな頬は紅潮している。
「でも! 僕はザウバーみたいに、誰かを守れる様になりたいんだ。僕は目の前で村が燃えてるのに、何も出来なかった。僕はもう、あんな思いは二度としたく無いんだ……だから!」
少年はザウバーの目を見据え、そのまま返事を待った。一方、ダームの考えを聞いたザウバーは大きな溜め息を吐き、少年の蒼い瞳を見つめ返す。
「俺に着いてきたら死ぬかもしれねえ……それでも行くのか?」
「勿論! だって、ザウバーさんが居なかったら、僕は死んでたんだから」
「お前の気持ちは、分からないでもない」
そう言うと、ザウバーはダームの肩を掴み、そのまま後方へ押しやった。
「だがな……俺は、魔王を倒す方法を探してんだ。その事が奴に知れりゃ、当然、俺は狙われる。その時には一緒に居る奴だって狙われるんだ。なにより、お前はまだ子供だ。これからの長い人生、捨てるべきじゃ」
「何もしなくたって、僕の村は無くなったんだ!」
ザウバーの話を遮る様に声を上げると、ダームは荒い呼吸を繰り返しながら青年の腕を強く掴む。更に、少年は蒼い瞳でザウバーをしっかり捉え、目線を決して放そうとはしなかった。
すると、ザウバーは彼の熱意に負けたのか、首を横に振ると大きな溜め息を吐いた。
それから、ザウバーはダームの腕を掴んで手を広げさせ、数枚の銀貨を手の平へ乗せる。
「お金?」
「この宿を出て直ぐの所に、武具店が有った。俺に付いて来る気が有るなら、自分に合う物を揃えてこい。但し、三十分経っても戻って来なければ置いていく……分かったな?」
ザウバーは、ダームと目を合わせる事無く言い放つと、部屋に有るベッドへ勢い良く腰を下ろした。彼はベッドの上で腕を組むと、早く買いに行けと言わんばかりに、ダームの目を見据える。
ダームは戸惑った様子で目を泳がせ、それから大きく頷いた。
「わかった!」
彼は元気よく声を出すと、嬉しそうに部屋の外へ駈けていく。
それから数十分後、ダームが買い物を終えて武具店から出てくると、彼の眼前にはザウバーの姿が有った。ザウバーは、店の正面に有る大木へ体を寄りかからせており、苛立った様子でダームを睨み付けている。
「おせえよ」
吐き捨てる様に言うと、彼は気だるそうに大木から背中を離す。そして、彼に見据えられたダームは、驚きの為か身を強張らせ、思わず後退した。
「ごめんなさい。僕、武具店で買い物するのなんて初めてで……自分に合う防具を探してたら、すごく手間取っちゃって」
そこまで伝えると、少年は気まずそうに言葉を詰まらせてしまう。彼の様子を見たザウバーは、呆れたように首を横に振り、無言で少年の方へ歩み寄った。
「俺なんか、誰かさんがのんびりしている間に、二人分の食糧を買い揃えてたっていうのにな!」
ザウバーは、言いながらダームの前で立ち止まると、食糧が詰められた麻袋を少年へ投げつける。この際、ダームはザウバーの行動に驚きながらも、反射的に彼が投げた袋を受け止めた。
少年は麻袋を握りながら目を丸くし、未だに何か起きたのか判らないといった様子でその場に立ち尽くしている。
「早くしねえか! 本気で置いてくぞ!」
ザウバーは、強く言い放ってから店の反対側へ向かって歩き始めた。それにより、ダームはようやくザウバーの考えに気付いたのか、溢れ出した涙を上着の袖で拭うと彼の後を懸命に追い掛けていく。