虹色の花
文字数 2,583文字
三人が一息ついた時、人混みの中心辺りからは、公言が聞こえてくる。
「どうやら、丁度儀式が始まる様だ」
ベネットは深呼吸をし、仲間にだけ聞こえる程度の小声で話した。
暫くすると、騒がしかった会場は静かになり、鐘塔は太く青々とした蔓に飲み込まれていった。更に、その蔓の所々には様々な形状の花が咲き乱れ、次々に蔓から放たれていく。
その荘厳な光景に誰もが息を飲み、動く事さえ忘れてしまった様だった。それでも、人々は放たれた花が眼前に現れると、反射的に手を伸ばし、その色や形状に関わらず掴み取っていく。
「さて、今年のファルブリュテは、一体、どなたの手に渡ったのでしょうか?」
舞う花が尽きてから程無くして、会場の中心辺りから、儀式を取り仕切る者の声が響いてきた。すると、人々はその花を手に入れた者を一目見ようと、先程の静寂が嘘であるかの様にざわめく。
「……ブリュテ?」
「昨夜話した花の事だ」
ベネットは、他の人間には聞こえない小声で説明をする。この為、簡単な説明を受けたザウバーは、右手に掴んだ小さな花をじっと見つめた。
「儀式は終わった。人の波に飲まれぬ様、早めに此処から立ち去ろう」
ベネットは二人の顔を見ると、鐘塔から離れ始めた。
その後も彼らは調査を続け、情報を集めていった。そして、空が朱色に染まり始めた頃、学園には低い鐘の音が響き渡る。
「終業の鐘が鳴ったな。そろそろ、鐘塔へ戻るぞ」
鐘の音を聞いた三人は、ベネットの発言を合図に鐘塔へ向かう。儀式が終わってから時間が経っていた為か、学園内に殆ど人は居なかった。
程無くして鐘塔の近くに到着したベネットは、周囲を見回して現在の状況を確認する。
「流石に、この時間になると誰も居ないな」
ベネットは、細く息を吐き出した。そして、鐘塔に開いている扉を見つけると、警戒しながらその扉へ近付いていく。
「妙だな。私達を誘ったとはいえ、入口を開け放したまま放置するものか?」
ベネットは仲間に目配せをし、塔へ近付くよう促した。この為、彼女の目線に気づいた二人は、慎重に鐘塔へと歩みを進める。
「念の為、中を確認しておこうと思う。異論は無いか?」
ベネットは、仲間の顔を交互に見た。質問を受けた二人と言えば、顔を見合わせ力強く頷く。
「では、入るぞ」
そう告げると、べネットは鐘塔の中へ進んでいった。それを見たダームとザウバーも、彼女の後へ続く様に塔へ入る。
少年が塔に入った瞬間、その入口はけたたましい音と共に閉ざされてしまう。この際、大きな音を聞いたダームは、驚いた様子で声を漏らした。
また、彼の声を聞いたザウバーは後方を振り返り、そのまま入口があった場所を見る。しかし、そこに通ってきたばかりの扉は無く、彼は驚いた様子で目を見開いた。
「待て。何で、ドアが無くなってんだよ」
「焦っても、仕方の無い事だ」
その様な状況下にあっても、ベネットは慌てる様子を見せなかった。彼女は、大きく息を吸い込むと、目を細めながら口を開く。
「それに、魔法を使用するザウバーなら分かると思うが、この塔から邪気は感じられない。庭師を探そう」
自らの考えを伝えると、べネットはザウバーの目を真っ直ぐに見た。彼女の眼差しは鋭く、それを見た青年は小さく息を吐き出す。
「確かに、邪気は感じねえ」
ザウバーは顎に手を当て、難しい表情を浮かべて俯いた。
「庭師は、鐘塔からの眺めは素晴らしいと言っていた。もしかしたら、最上部で待機しているのかも知れない」
「確かに、あの庭師さんは言ってたね」
ベネットの考えを聞いた少年は、その意見へ賛成する様に大きく頷いてみせた。
「では、庭師が居るかを確かめる為にも、最上部に行ってみよう」
ベネットは、そう言葉を付け加えると、上部へ続く階段を上り始めた。
塔の壁面に沿って作られた階段には、転落を防止する柵や手すりは設置されていない。その上、採光用の窓が殆ど無い為に薄暗く、三人は壁に手を添わせながら進んでいった。
三人が単調な動きに飽き始めた頃、彼らの前方からは赤みがかった光が溢れてくる。
「どうやら最上部みてえだな」
その光で終りがみえたと感じたザウバーは、嬉しそうに言葉を発した。ベネットが青年へ返事をしようとした時、彼女の瞳には庭師の姿が映し出される。
「来て下さいましたね。どうです、ここからの眺めは?」
三人が到着したことに気付いた庭師は、平然とした様子で話し始める。庭師の問いを聞いたダームと言えば、警戒の色を見せる事無く彼の方へ駆け寄った。
それから、少年は目を輝かせて周囲を見回し、一番近くの窓から外を眺める。その一方、ザウバーは外を眺めようともせず、訝しげな表情を浮かべて庭師へ近付いた。
「俺達を閉じ込めて、一体何をしようとしていた?」
そう言い放つと、青年は庭師の目をきつく睨み付ける。
「知りたいですか?」
それだけ言うと、庭師は青年を睨み返し、口角を上げた。
「ならば、陣に魔力を込め強く願いなさい。そうすれば、私の想いが分かるでしょう」
言い終わった刹那、庭師の足元には緑色の光を放つ魔法陣が現れ、当人の姿は消え去った。その不可思議な現象を目の当たりにしたザウバーは、酷く驚いた様子で後退する。
外の眺めを楽しんでいた少年も、庭師の消失に気付くなり言葉にならない声を漏らした。そんな中、ベネットは殆ど動揺を見せず魔法陣の上に立ち、静かに目を閉じる。
すると、ベネットはまるで陣に吸い込まれてしまったかの様に、二人の前から消えた。
「ベネットさん?」
ベネットまでもが消えた事に気付いたダームは、慌てて魔方陣へ近付いた。彼の顔は蒼白で、その表情は驚きによって固まってしまっている。
「待て!」
魔方陣に駆け寄るダームを見た青年は、慌てて少年を呼び止める。
「あいつは、魔力を込めろと言っていた。魔法を使えないお前が、単身で乗るのは危険だ!」
「でも、ベネットさんが!」
ダームは、泣きそうな表情になって青年に詰め寄る。
「だから、魔法の使える俺と同時に乗れって言ってんだよ。ベネットが消えて困惑するのは仕方ねえが、少しは落ち着きやがれ」
ザウバーは少年の肩をしっかりと掴み、蒼い瞳を真っ直ぐに見つめた。