隠れ里
文字数 2,190文字
襲撃者は潤んだ瞳で三人を見上げ、乱暴に目を擦った。彼の虹彩は黄色く、瞳孔は興奮の為か大きくなっている。
「虐める理由など、何も無い」
ベネットは檻を生じさせていた魔法を解き、襲撃者を解放する。彼女の行動に、閉じ込められていた者は大粒の涙を浮かべて俯いた。
「私はベネット。君の名前は?」
「ルピス。ココから少し離れた集落で暮らしてる」
ルピスは、ベネットの顔を見る為に顔を上げ、彼女にだけ聞こえる位の小さな声で囁いた。
「そうか、良い名前だな。ではルピス、右腕をみせてごらん」
そう言うと、ベネットは地面に膝をつく。
「怖がる事は無い。先程受けた傷を、魔法によって治すだけだ」
「うん」
ルピスは、そう言うと右腕を差し出した。
ベネットは、左手でルピスの右手首を包み込む様に掴み、右掌をルピスの傷へ翳した。すると、彼女の掌からは柔らかな光が発せられ、ルピスの腕にあった傷は徐々に塞がっていく。
「どうだ、痛みは無くなったか?」
そう問うと、ベネットは自らの手をルピスの右腕から離す。
「凄い。痛いのが消えた」
「そうか、それは良かった。完全に暗くなる前に集落へ帰るといい」
ベネットは立ち上がり、服に付いた汚れを静かに掃った。それを見たルピスはベネットの顔を見上げ、その姿勢のまま口を開く。
「ベネットは、どうするんだ? ここら辺は、人間が休める様な村無いぞ?」
ルピスは、そう問い掛けると小さく首を傾ける。
「休めそうな場所を見つけて休む。野営を張るのは慣れている。心配するな」
そう返すと、ベネットはルピスに対して微笑んだ。彼女の話を聞いたルピスは頬を紅潮させ、ゆっくり尾を横に振る。
「だったら、オイラの集落に来てくれ」
そう言うや否や、ルピスはベネットの服を引っ張った。
「良いのか? 突然、三人もの人間が向かっても」
「敵意が無ければ、村長も許してくれる」
ルピスは目を潤ませ、懇願する様にベネットを見つめた。
「ルピスがそう言うのなら、そうしよう」
それだけ言うと、ベネットは仲間の顔を交互に見た。ダームとザウバーは、一旦顔を見合わせると、頷くことによって返事とする。
「ホントか? ホントに来てくれるのか?」
ルピスは満面の笑顔を浮かべ、嬉しそうに確認した。
「ああ、長らく山道を歩いて疲れたからな」
「じゃあ、案内するよ。付いて来て」
ルピスは尾を激しく横に振りながら、嬉しそうに歩き始めた。
暫く歩いた後、三人を先導していたルピスは、集落の入口を潜り抜ける。彼は後方を振り返ると、嬉しそうに笑ってみせた。
「ここが、オイラの住んでる集落だ」
ルピスは両腕を広げ、何度も上下に動かした。そして、そんな彼の声に反応したのか、白く長い髭を持つ者が近付いてくる。
「おや、ルピス。客人かね?」
「うん!」
ルピスは大きく頷き、楽しそうに口を開けて笑う。
「みんな、優しーんだよ。いきなり攻撃したのに、怒らなかった。それに、ベネットには傷を治して貰った。村長も、この間の傷を直して貰うといーよ」
自慢げに話すと、ルピスは村長とベネットの顔を交互に見る。
「ベネットさん……と、言いましたかな。どうやら、ルピスが世話になりましたようで」
嬉しそうなルピスの表情を見た村長は、ベネットに対して頭を下げた。
「礼には及びません。それより、先程ルピスが話していた傷をみせて下さい」
「傷ですか、ルピスが心配する程でも無いんじゃが」
村長は一度ルピスの顔を見ると、申し訳無さそうに声を漏らした。
「何言ってるの! 今は止まってるけど、撃たれた時は血が止まんなくて、どーなるかと思ったんだから!」
ルピスは、泣きそうな表情を浮かべ、村長の背中を叩き続けた。
「分かった、分かった。どうもルピスにはかなわんのう」
ルピスを宥める様に言うと、村長は上着の袖を捲り上げ、問題の傷口をベネットに見せる。この時、さらけ出された村長の腕には、痛々しく膿んでいる傷が有った。
村長の傷を診たベネットは、静かにその傷へ両手を翳す。すると、ベネットの両手からは淡い白色の光が生じ、みるみるうちに村長の傷は治っていった。
「凄いのう。あっという間に、傷が塞がってしもうた」
村長は傷が有った場所を確かめる様に、幾度も腕を撫で擦る。
「ね、凄いでしょ!」
その光景を見ていたルピスは、声を発しながら村長とベネットの間に入り込む。
「そうじゃの。この村にも治癒術を使える者が居たら、暮らし易くなるのかのう」
それだけ言うと、村長は俯き溜め息を吐いた。
「ベネット、この村に残れないの?」
村長の呟きを聞いたルピスは、上目遣いでベネットを見つめる。ルピスの願いを聞いたベネットと言えば、申し訳無さそうに彼の瞳を見つめ返した。
「すまないが、私にはやらねばならない事が有る」
「こらルピス、無駄な気を遣わせるでない。そもそも、この方の御力は一所に留めて於くべきではないのだ」
村長は、そう言うとルピスの頭を軽く叩く。頭を小突かれたルピスは頬を膨らませ、何かを訴える様に村長の目を見た。
「山道を歩いてきて疲れたことでしょう。村の集会場をお貸しします。私達に気を遣わず、ゆっくりと休んで下さい」
村長は、そう伝えると集会場の方に歩いて行った。べネットらは彼の後を追っていき、村長が案内した小屋でゆっくりと休むことにする。