邪を祓う短剣
文字数 2,185文字
少年は質素なベッドへ仰向けに寝かされ、その左横には木製の椅子に座る男性が居た。少年の体には、薄手の布団が掛けられており、開いたばかりの瞳は仄かに赤くなっている。
少年は苦しそうな声を漏らして頭を上げると、ベッドに体を横たえたまま男性の気配がする方へ目線を移した。彼は、暫く虚ろな瞳で男性を見つめていたが、何度か瞬きをして男性の姿を確認すると小さく口を開く。
「あなたは……」
少年は掠れた声を絞り出すと、苦しそうに大きな呼吸を繰り返した。
「俺は、ザウバー・ゲラードハイト。魔法使いだ」
男性の名を聞いた少年は寝たまま頷き、大きく息を吐き出す。
「そっか……僕は、ダーム・ヴァクストゥーム。宜しくね、ザウバーさん」
そう言うと、少年はゆっくり上体を起こし、ザウバーへ小さな右手を差し出した。
「宜しくな!」
ザウバーは、大きな声で伝えると、その手で包み込む様にダームの手を強く握る。ダームは、その刺激で少し気を取り戻したのか、瞳に写し出される景色が見慣れ無いものである事に気付き、恐る恐る周囲を見回した。
「ここは、お前の村からは隣にあたる町の宿だ。気絶している子供を、あの場所に置いていく訳にもいかねえからな」
簡単に状況を説明すると、ザウバーは気を遣わせまいと笑ってみせる。ザウバーの言葉を聞いたダームは目を強く瞑って涙を堪え、途切れ途切れに感謝の言葉を紡いでいく。
「気にすんな。どうせ食料を買い込む為に、この町に向かってたしな。それにダーム、お前のお陰でドラゴンを倒せた様なもんだ。礼を言いてえのは、むしろ俺の方だ」
そう言うとザウバーはベッドに浅く腰掛け、少年の額を手の甲で叩いた。ダームは、無意識のうちに叩かれた額を軽く抑え、ザウバーの顔をぼんやりと眺める。
「僕の……お陰?」
彼は、言葉の意味が全く解らないといった様子で首を傾けた。対するザウバーと言えば少年の蒼い瞳を見つめ、にこやかな笑顔を浮かべる。
「正確には、お前がドラゴンに突き刺した短剣の御陰でな。その傷は小さかったが、結果的にドラゴンは粉々になって死んだ。だから、お前の御陰って訳だ」
そこまで伝えると、ザウバーは少年の小さな背中を軽く叩いた。
「その短剣には、邪を祓う力が有るらしい」
そこまで話すと、彼はベッドサイドに置かれた短剣を一瞥する。その短剣は、持ち帰る際にザウバーが気を利かせたのか、きちんと鞘に納められていた。
「僕の剣が?」
絞り出すように言うと、ダームは短剣へゆっくりと手を伸ばした。
ダームは短剣の柄を握ると、呆けた表情を浮かべながらその鞘を眺めた。その鞘は暗褐色を基本としており、まるで全面に蔦が這っているかのような模様が刻まれている。
その模様は、時折まるで生きているかの様に形を変え、ダームに読めはしないものの、何かしらの文字にも見える図形が浮かび上がっていた。
「この短剣は、邪を祓う力の有る水晶で刃が作られている。それに、剣の鞘と柄には魔物の力を封じる魔法がかけられているみたいだ。それのお陰で魔物は瞬殺されたって寸法だ」
ダームは短剣を鞘から引き抜くと、光り輝く刃を不思議そうに見つめる。
「その剣を何処で手に入れたか知らねえが、相当貴重な代物だ。短剣だから実戦には向かないけどな」
ザウバーはダームの背中を強く叩き、少年の体はその衝撃によって前後に揺れる。
「これは森で見つけたんだ。それで……それから、ある人の言葉通り肌身離さず持ってたんだけど、そんなに凄いものだったなんて」
説明を聞いたダームは、短剣の柄を強く握り締めた。
「いきなり言われても信じられねえのは当然だ。だがな、お前がその短剣を使ってドラゴンを倒したのは事実だ。気を失っていたから、それも信じ難いかも知れねえが」
ザウバーは複雑な表情を浮かべ、気まずそうに言葉を詰まらせてしまう。
「確かに……この僕が、あんなに大きなドラゴンを倒したなんて、信じられない」
そう言うと、ダームは俯き強く目を瞑った。
「だけど、僕はザウバーさんの言う事なら信じられる。だって、ザウバーさんは、見ず知らずの僕を何度も助けてくれたから」
ダームは、目を開いてザウバーの方へ顔を向け、にっこりと微笑んだ。すると、ザウバーは誉められ慣れていないのか、瞬時に顔を赤くする。
「なんだよ、気持ち悪いな……まさか、打ち所でも悪かったのか?」
「確かに、僕はドラゴンにやられた場所が悪かったかも知れない。でも……ザウバーさんは、僕が木から落ちそうになった時も、村が燃えていた時も、何も出来なかった僕を助けてくれた。それは本当のことだから。それに、僕をここに運んでくれた事だって」
そこまで話すと、ダームは二人が出会ってから初めて、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべる。
「やっぱり熱とかあんだろ。体調悪いなら、寝ろ、寝ろ!」
照れている事を隠そうとしてか、ザウバーは自分の頭を激しく掻く。この時、彼の顔は赤みを増し、その耳までもが赤く染まっていた。
彼は、ダームへ掛布団を力任せに被せ、これ以上の会話がなされる事を避けようとした。その後、ダームは顔を上げてザウバーに話しかけようとするが、彼の複雑そうな表情を見るなり静かにベッドの中へ潜り込んでいった。