蒼き宮殿
文字数 2,175文字
「やっと、到着しやがった」
彼は、両腕を擦りながらか細い声を発すると、恨めしそうに少年の目を見た。
「うん。ちょっと寒かったけど、無事に到着出来たよ」
寒さに顔を強張らせるザウバーとは対照的に、初めて空を飛んだ少年は無邪気な笑顔を浮かべてみせる。
「ちょっと寒かった……か。この島は半端無く寒いから、気をつけろよ」
ザウバーは苦しそうに声を漏らし、両手を素早く擦りあわせる。彼の顔色は白く、かなり体力を消耗していることが見て取れた。
「すまない。もう少し準備をしてから出発した方が良かったな」
蒼白した青年の顔を見たベネットは、申し訳無さそうな表情を浮かべて謝罪した。
「いや、準備をして探索を始めるのが遅れるよりいい。帰る時は、転移魔法で直ぐだ」
ザウバーは体を温めようと小刻みに足踏みをする。
「探索を始めようぜ。動いていないと、凍死しちまいそうだ」
そう言って、ザウバーは体に降り積もった雪を払い落とした。
「そうだな、この積雪は予想以上だ。これでは、無駄に体力を消耗してしまう」
青年の話を聞いたベネットは、そう話すと目を細めて空を見上げた。そして、彼女が足を踏み出した瞬間、足元の雪が激しく崩れ落ちる。すると、彼女の体は仲間の前から消え去ってしまった。
「何でだよ!」
慌てた様子で言い放つと、ザウバーは先程までべネットが居た場所へ駆け寄った。しかし、雪原が崩れやすくなっていた為か、自らも足元の雪を踏み抜き、少年の前から消え去ってしまう。ダームは、二人が消えた場所を見つめ、無言のまま立ち尽くした。
降り積もる雪を踏み抜き、ザウバーは硬い地面に叩き付けられた。彼は、打ち付けた臀部をさすり、絞り出す様なか細い声を漏らす。また、彼が目を細めながら辺りを見回すと、その周囲には青みがかった氷の壁が整然と広がっていた。
「大丈夫か? どうやら雪の下には、大きな空間が在った様だな」
そう話し掛けると、ベネットは、ゆっくりと青年の方へ歩み寄っていく。その後、彼女は青年に手を差し伸べ、凍てつく地面から立ち上がるよう促した。
「すまねえ」
そう言うと、ザウバーは差し出された手をしっかりと掴んで立ち上がる。
「とにかく、ダームの所に戻ろうぜ」
腰を何度か軽く叩き、ザウバーは顔を上に向けながら小さく息を吸い込んだ。そして、彼は目を瞑って軽く腕を前に出すと、詠唱を始める。
「なんだ、この感覚?」
しかし、彼は詠唱を終える前に、複雑な表情を浮かべて目を開いた。そんなザウバーの表情に気付いたベネットは、首を傾げながら彼の顔を覗き込む。
「魔力が、全く練りこめねえ!」
ザウバーは辛そうに頭を抱え、座り込んでしまう。困惑している青年を見たベネットと言えば、召喚獸を呼び出す呪文を唱え、魔法が使えるかどうかを確かめた。
「どうやら、地道に出口を探す以外、方法は無いらしいな」
呪文を唱え終えたベネットは、深い溜め息を吐きながら青年の肩をそっと叩く。
「ダームが、上で取り残されているってのによ!」
ザウバーは、辛そうに唇を噛み締めると、拳を思い切り地面に叩きつけた。
「そうだ。だからこそ、早く出口を探しに行こう。魔法が使えない以上、私達に出来る事はそれしか無い」
ベネットは、しゃがみ込んでいる青年の肩を優しく叩き、行動を起こすよう促した。一方、ザウバーは暫く膝をついたまま考えた後、意を決した様子で立ち上がる。
「だな。魔法を使えない奴だって沢山いるんだ。魔法を封じられたって、脱出する事位は出来る」
歯を見せて笑うと、ザウバーは気合いを入れる様に強く拳を握り締める。
「そうだ。それに、この空間……大いなる力の波動を感じる。落下した事により、ファンゼが言っていた場所へ近付いたのかもしれないな」
「大いなる力の波動か。感じられねえって事は、俺もまだまだだな」
ザウバーは、そう言うと頭を掻きながら苦笑する。
「気持ちを落ち着ければ、感じられるだろう。否、聖霊の力を持つ者であれば、感じられない筈がない」
ベネットは、凍てつく半透明の壁を左手で触ると、程良く冷えた掌を青年の頬にあてがう。
「例えば、この壁や床。土や岩では無く、見られる限りの空間全てが氷で作られている。それに、等間隔で壁が広がっているというのも、何かの力が働いているとは考えられないか?」
「まさか……いや、雪も氷も溶ければ水だ。第一、大きな魔力を持たない奴に、封魔術は使えねえ」
ザウバーは何かに気付いた様子で目を見開き、静かに周囲を見回した。
「感じる……確証はねえが、この力は聖霊の」
そう言うと、ザウバーはベネットの肩越しに前方を見つめた。
「恐らくは、水聖霊ワダーの魔力だろう」
ベネットは、慎重に踵を返すと、青年が見つめる先へゆっくりと歩き始める。それを見たザウバーと言えば、ベネットの後を追う形で歩き始めた。
その後、彼らはどの道を選ぶか相談しながら進んでいった。始めは、意見を違える事もあったが、魔力の源に近付くにつれ二人の意見は同じものになっていく。
そして、徐々に広がる直進路に差し掛かった時、二人は静かに顔を見合わせた。この際、ザウバーは喉を鳴らして唾液を嚥下すると、眉間に皺を寄せながら口を開く。