フォッジの街
文字数 1,618文字
「高い建物も在る街なのに、緑が沢山有るんだね」
少年は目を輝かせ、楽しそうに仲間の顔を見上げた。一方、ザウバーは軽く溜め息を吐き、呆れた様子でダームの頭に手を乗せる。
「お前、俺達がフォッジに向かう事になった理由を覚えて無いのか?」
青年の台詞を聞いたダームは、頭に乗せられた手を振り払った。
「覚えてるよ。フォッジの街は、緑と詩の街って呼ばれていて、草木の聖霊であるファンゼの情報が得られるかもしれないからでしょ?」
「そうだ。フォッジの街は南方以外を森に囲まれ、街の中にも緑が溢れている。何かの力が働いていると考えてもおかしくは無い」
「でも、僕の村も森に囲まれてたし、村の中も緑が豊かだったよ?」
そう言うと、ダームはベネットの方を向いて首を傾げた。
「確かに、緑が豊かな所は沢山在る。しかし、緑と詩の街たるフォッジには、詩という形で聖霊についての情報が隠されていると言われているのだ」
ベネットは一度ダームの方を向いて微笑むと、再び周囲を見回した。
「例えば、あの石碑もそうだな」
そう言うと、ベネットは文字が刻まれた石碑を指し示す。その石碑は身の丈程の高さを有し、所々に苔が付着していた。
ベネットの話を聞いたダームは直ぐに石碑へ近付き、そこに刻まれた詩を読み始めた。
――
神は七の天使を遣わした
それらの天使は
穢れを払う光の力
清浄なる水の力
嶽き炎の力
力強き地の力
自由なる風の力
気高き獣の力
優しき草木の力
を与えられ
世界を創
――
一通り石碑の文字に目を通したダームは、消えている文字が有る事に気付くと、不服そうに唇を尖らせる。
「石碑の最後の方、消えていて読めないよ」
つまらなそうなダームの呟きを聞いたザウバーは、少年が見ていた石碑をまじまじと見つめる。
「これは外に置かれた物だ。雨風で風化しちまっても、おかしくねえ」
「では、違う場所も見て回ろう」
抑揚の無い口調で言うと、ベネットは二人の返事を待つ事無く歩き始めた。また、彼女がそうした刹那、街には荘厳な鐘の音が響き渡る。
この為、ダームはその音を良く聞こうと、目を閉じて聴覚を研ぎ澄ませた。
「これは、教会学園が鳴らす始業の鐘だな」
ダームは眼を開き、不思議そうにべネットの顔を見つめる。
「始業の……鐘?」
「教会学園は、授業が始まる前に礼拝をする。この鐘は、その礼拝の開始時刻を告げ知らせるものだ」
ダームを見つめ返すと、べネットはゆっくりと説明を加えた。
「だけどよ、何でそんなに詳しいんだ? 鐘が鳴る事だけならまだしも、その理由まで知ってるなんて」
ザウバーは訝しげな表情を浮かべた。
「簡単な事だ。私は、学園に通っていたことがある。まあ、卒業することなく離れてしまったがな」
そう言うと、ベネットは軽く目を瞑り、口をつぐむ。それから彼女は細く息を吐き出し、細めた目で空を仰いだ。
「だったら、フォッジの事も詳しいんじゃねえのか?」
「残念ながら、私は学園の敷地から出る事を許されていなかったのでな。学園の外については何も知らぬのだ」
「すまねえ。辛い事を思い出させちまった様だな」
不意に見せたベネットの表情に気付いたザウバーは、申し訳無さそうに謝罪する。
「気にしないで欲しい。その様な事は、思い浮かぶ方が珍しいからな。それに、過去を悔やんでいては、前に進む事が出来ない」
ベネットは青年に気を遣わせないよう、微笑んでみせる。
「何より、今は聖霊の手掛かりを見つける為にフォッジに居る。過去を悔やんでいる暇はない」 ベネットは、自分へ言い聞かせる様に呟くと、小さく息を吐き出し目を瞑る。
「だな。それに、時間はたっぷり有る。じっくりと街を見て廻ろうぜ」
そう言って微笑むと、ザウバーは周囲を見回し始めた。