大きなホテルと心付け
文字数 1,729文字
「先程言った宿はここだ。一応確認しておくが、泊まる場所は、ここで構わないか?」
「良いぜ。見た目が綺麗で、建物もでかい」
「そうだね。僕も、綺麗な所は良いと思うよ」
「ならば、直ぐにホテルへ入って手続きをしよう。これからの旅は、長く厳しくなる。他に用事の無い時位は、出来る限りゆっくり休んだ方が良い」
ベネットはホテルのドアを開け、建物の中へ入った。建物内は外観と同様に綺麗で、白を基調としたレイアウトは暗さに慣れた三人の目には眩しい程であった。
また、そのラウンジには大きなソファーや、硝子で作られたテーブルが用意されていた。
「今晩は、プリトスホテルにようこそおいでくださいました。本日は、どの様な部屋を御希望でしょうか?」
そう話すホテルの従業員は、白を基調とした制服を身に纏っており、年齢はダームより多少上である様だった。
「二人部屋を一室と、一人部屋を一室。なるべく安い部屋で御願いしたい」
従業員に問われたベネットは、淡々と自らの要望を述べていく。この際、従業員は困ったような表情を浮かべ、目線を泳がせた。
「かしこまりました。少々お待ち頂いても宜しいですか?」
慌てた様子で話すと、彼はベネットの返事を待つ事無く、カウンターの奥へと消えていった。
「部屋は別々なの?」
ダームは近くに従業員が居なくなったのを見計らって、ベネットに問い掛けた。
「ガキにはまだ分かんねえだろうが、男女はそうそう同じ場所で寝ないもんなんだぜ?」
ダームが、ザウバーへ聞き返そうとした時、従業員はカウンターに戻って来る。この為、ダームは話す事を諦め、つまらなそうに俯いた。
「御待たせ致しました。多少、高くなってしまいますが、二人部屋と一人部屋、それぞれに開きが御座いました。宿泊費は合計でこちらになりますが、宜しいでしょうか?」
従業員は宿泊費が書き記された紙を差出し、ベネットはその紙へ目線を落とした。
「問題無い」
紙片に書かれた数字を見たベネットは、そう答えてから従業員の顔を見る。
「かしこまりました。それでは、部屋に御案内致します」
そう言うや否や、従業員は満面の笑みを浮かべて三人へ近付いた。そして、彼は床に置かれた荷物を軽々と抱えると、ベネットに会釈をしてから歩き始める。
ベネットは従業員の後を追い、ダームとザウバーがその後に続いた。一方、従業員は客である三人がついて来ていることを確認しながら、カウンターの対面にある階段を登り始める。
その階段には紺色の絨毯が敷き詰められており、四人が一度に昇っても、足音は殆ど生じなかった。そうして四人全員が二階へ上がった後、従業員は階段の前方に有る部屋の前で立ち止まる。
「此方が、一人部屋となっております」
従業員は客室のドアを開け、部屋を使う者に対し中へ入るよう促した。
「それでは、私は此処で」
ダームとザウバーの方を振り返って言うと、べネットは従業員から自分の荷物を受け取った。その後、彼女は二人の仲間へ目配せをし、部屋に入ってゆっくりとドアを閉じる。
「それでは、御二人はこちらへ」
その後、従業員は二人を連れて昇降機で七階まで上がり、ドアに『703』と書かれた部屋の前で立ち止まる。従業員は二人の方に向き直ると、部屋のドアを指し示しながら口を開いた。
「此方が二人部屋になります」
従業員はザウバーの顔を見つめ、明るい笑顔を浮かべてみせる。
「分かった。これは気持ちで」
そう言うと、ザウバーは従業員の右手を掴んで腰の位置まで上げ、素早く何かを手渡した。従業員は、それを素早く制服にしまうと一礼をし、その場から静かに立ち去った。
「ザウバー。今、あの人に何を渡したの?」
二人のやり取りを眺めていたダームは、軽く首を傾げながらザウバーへ問い掛ける。
「金だよ、金。此処は大きなホテルだからな。宿泊代の他にチップが必要なんだよ」
ザウバーは、それだけ言うと客室のドアを開け、部屋の中へ入った。
「何か変な感じ」
納得いかない様子で呟くと、ダームはザウバーの後を追うように部屋へ入る。