少年の考えとすれ違う会話
文字数 2,052文字
「早かったな。もしかして、部屋が気に入らなかったか?」
「違うよ!」
慌てて声を発すると、ダームは頭を横に振った。
「ただ僕は、ベネットさんと話がしたかったから」
ダームはベネットの目を見つめ、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「だって……旅を始める前に、お互いの事について知っておきたいじゃない?」
そう言葉を加えると、ダームはベネットに微笑み掛けた。対するベネットは、ダームの目を見つめると、小さく頷きながら口を開く。
「そうだな。互いの特技や弱点を知れば、魔物との戦いも有利になるだろう」
しかし、彼女の言葉はダームが予想をしていなかったものであり、少年は微かに戸惑った様子を見せた。
「そうだよね。魔王を封印する為の旅だから、戦いの旅でも有るもんね」
それでも、ダームは彼女の意見を肯定し、歯を見せて笑う。
「それも有るんだけど、折角だから仲良くなりたいなって」
ダームは一度ゆっくり息を吸い込むと、再びベネットに対して微笑みかける。
「仲良く……か、久しく聞いていなかった言葉だな」
「変……かなぁ?」
ベネットの言葉を聞いたダームは、恥ずかしそうに頬を赤らめ、その目線を床へ落とす。
「すまない、言い方が悪かった様だな。ただ、今迄そういった考えを持つ者に出会わなかった。それだけだ」
ダームの様子を見たベネットは新たな言葉を付け加え、彼に対して微笑み掛ける。この時、ダームは若干悲しそうな表情を浮かべ、声を殺して苦笑した。
「そっか。周りにどんな人達が居るかなんて、人それぞれだもんね」
ダームは軽く頭を振ると、笑顔に戻ってベネットの顔を見上げる。
「そうだ」
「荷物の整理、終わったぞ!」
少年が話し始めた瞬間、勢い良く戸を開けたザウバーが、ダームの言葉を遮った。この際、戸と壁がぶつかる鈍い音を聞いたベネットは、大袈裟に溜め息を吐いた。
「もう少し考えてから、行動に移して欲しいものだな。乱暴に扱えば、戸が壊れてしまう」
彼女は、憤りを表すように低い声で言うと、ザウバーの目を真っ直ぐに見る。
「すまねえ。ダームを一人にすると、何をしでかすかわかんねえからよ」
「何か仕出かしたのは、ザウバーだったけどね」
ダームは不機嫌そうに頬を膨らませ、ザウバーの顔を睨みつける。
「私は、夕食の準備をしなければならない。大した用が無いのなら、もう行くぞ」
ベネットは、呆れた様子で首を振ると、その場からそそくさと立ち去ってしまう。
話を続けようと思っていたダームは、ベネットを引き留めようと口を開いた。しかし、ベネットが引き留める間も無く立ち去ってしまった為、彼は息を漏らした。
「ベネットさんと話そうと思ってたのに、邪魔しないでよ!」
「何だよ、いきなり」
「何だよ……って、ベネットさんと話をしようと思ってたのに、ザウバーがそれを邪魔したんじゃないか」
「話なんか、旅の途中で幾らでも出来んだろ?」
ダームの熱弁も虚しく、ザウバーは彼が発した言葉の意味が理解出来ない様子で言葉を吐き出した。
「それは……確かに、そうだけど」
ザウバーに痛い所を突かれたダームは、目線を逸らし気まずそうに俯いた。
「判ったよ、悪かったな!」
ダームの動きを見たザウバーは、苛立ったように髪を掻き、溜め息混じりに謝罪する。
「とにかく、飯の準備が出来るまで此処で待っていようぜ。下手に手伝っても邪魔になるだけだろうしな」
そう言うと、ザウバーはダームの返答を待つことなく、部屋に有る椅子へ腰を下ろした。
その後、彼らはささやかな晩餐を楽しみ、プリトスへの移動に備えて床についた。その際、マルンが静かな為か、はたまた旅の疲れが出てしまったのか、ダームは布団に潜るなり寝息をたて始める。
そうして夜は明け、三人はそれぞれに行動を開始した。目を覚ましたダームは、ベネットが居る部屋の戸を開けると、笑顔を浮かべ大きな声で挨拶をする。
ダームの顔色は明るく、彼の体調が良好であることが伺えた。また、彼は大きな荷物を背負っており、既に出発の準備は整っているように思われた。
「元気が良いな。その分だと、良く休めた様だ」
ベネットはダームの方を向き、微笑を浮かべる。
「じゃ、出発しますか」
この時、二人へ割って入る様にザウバーが現れ、大きな声を発した。それを聞いたベネットはザウバーの方へ向き直り、擦れた声で肯定の返事をなす。
それから、彼女は壁に掛けてあった上着を羽織ると、口元に手を当て小さく咳払いをした。
「今からプリトスに向かえば、暗くなる事はまず無いだろう。しかし、魔物が昼に出現しない訳では無い。くれぐれも気を抜く事無く移動しよう」
ベネットは、意見を窺うようにダームとザウバーの顔を見る。
「うん。この街へ来るまでにも、魔物が出てきたし気をつけるよ」
「だな、早く出発しようぜ!」
ザウバーの発した一言で、三人は順に屋外へ出た。