年に一度の儀式の日
文字数 1,875文字
そんな少年とは対照的に、ザウバーはベッドに寝そべりながら、ぼんやりと天井を眺めている。彼は、何度か大きな欠伸をしていたが、目を閉じて眠ろうとはしなかった。
「ベネットさん、遅いね。もしかして、お風呂で倒れているのかな?」
不安そうな声色で呟くと、ダームはザウバーの居る方へ顔を向ける。一方、少年の不安そうな声を聞いたザウバーと言えば、声のした方に顔を向けた。
「限度を知らないお前と違って、心配ねえよ。第一、浴室へ入る前に、直ぐには出ないと言ってたじゃねえか」
ダームの心配を余所に、青年は笑いながら返答をした。それから、彼は軽く片目を瞑ると、半ば呆れた様に溜め息を吐く。
「だけど」
「すまない。久しぶりに入った為か、随分と長居をしてしまった様だな」
ダームの言葉を遮る様に、寝室に戻ってきたベネットが言葉を発した。
「それに、浴室もこの部屋同様に広く、快適だった」
「本当? じゃあ僕、ちょっと見てくる」
ベネットの話を聞くや否や、少年は楽しそうに浴室の方へ向った。その様子を横目で見ていたザウバーは、苦笑しながら上体を起こす。
浴室を見に行ったダームは感嘆の声を漏らし、満面の笑みを浮かべて寝室に戻った。その後、少年は目を輝かせながら、仲間の顔を見た。
「ねえねえ、次は僕が入っていい?」
「ああ、ゆっくり暖まってくると良い」
そう答えると、ベネットはダームに対して微笑んだ。その一方で、ザウバーは少年をからかう様に含み笑いを浮かべる。
「いいぜ。でも、広いからって、暴れんじゃねえぞ」
「言われなくたって暴れないよ」
そう言うと、ダームは楽しそうに入浴の準備を始めた。彼は、用意したタオルや着替えを胸に抱えると、足早に浴室へ向かっていく。
少年が入浴を終えてから暫くして、三人は客室に運ばれた料理を食べ始めた。運ばれた料理の量は少なかったが質は高く、誰一人として不満を漏らさなかった。
三人が食事を終え、空いた食器を従業員が片付け終えた時、べネットは仲間の顔を優しく見つめた。
「そろそろ明日の予定について相談したいと思うが、良いか?」
彼女は、抑揚の無い声で話し始め、二人の意見を窺う様に首を傾げる。
「いいぜ。ベネットの顔色も良くなったしな」
「そうだね。ザウバーの言う通り、ベネットさんは元気になったみたいだし」
そう話すと、少年は嬉しそうに仲間の顔を見た。
「ありがとう。では手始めに、学園で行われる儀式について伝えておきたい事が有る」
提案を受け入れられたベネットは、安心した様子で目を細めた。
「偶然にも、明日は教会学園に一般人が入る事を許される唯一の日。ブルーツァグという儀式が有る日だ」
「ブル……?」
ベネットの発した単語が聞き取れなかったのか、ダームは頭を左側に傾けて呟いた。
「ブルーツァグ。教会学園の中心に鐘塔が在る。その塔には常に蔓草が巻き付いており、聖なる力によって蔓草に様々な色の花を咲かせることが出来る」
少年の声に気付いたベネットは、彼が聞き取り易いよう、いつもより大きな声で説明を加えていった。
「そして、その咲き誇った花を舞い散らせ、皆に幸福を与える。そういった意図の儀式が、一番昼が長い日の正午……即ち、光の加護が強まる時に行われるのだ」
一通り話し終えた後、ベネットは目を開いて少年の顔を見つめた。
「大きな塔から花を舞わせるなんて、何だか綺麗な儀式だね」
「それに、数多舞い散る花の中には、花弁の色がそれぞれ違うものもある。その美しい花を手にした者は、七天使の加護を受けられると言われている」
そこまで説明すると、ベネットは少年に微笑み掛けた。
「七天使の加護って、何だか凄そうだね」
説明を聞いたダームは、そう言うと子供らしい無邪気な笑顔を見せる。少年の蒼い瞳は輝いており、そのイベントに興味を持っていることが窺えた。
「そういや、街の中を調べただけでも、七人の天使について書かれた詩が沢山有ったな」
その一方、ザウバーはいつになく難しい顔をしながら言葉を漏らす。彼の眉間には皺が寄っており、何度も低い声で唸っていた。
「そうだな。もしかしたら、フォッジには天使が良く現れるのかもしれないな」
そう言うと、ベネットはザウバーの顔をじっと見つめた。見つめられた青年と言えば、片目を瞑って気のない返事をする。