第1話
文字数 822文字
やる事はない。仕事がない、依頼がこない探す気力がない、だが今日はそれでいいのだ。
私は机で熟睡している先生を放って事務所を飛び出した。
待ちに待ったあの日、この時が来たのだ。
(嗚呼どうしよう、もう心臓が張り裂けそう)
助手は手で昂る胸の鼓動を押さえながら早足で目的地に向かった。
予定より一時間前に目的地に着くと既に人だかりの列ができでいた。助手は急ぎ列に並んだ。
(ようやく会えるようやく会える)
祈りながら時間を待った。
列がゆっくりと進み始めた。少しずつ、少しずつ歩みを進め店の中へと入った。
さっきよりも心臓の高鳴りは激しくなるばかりでどうにかなりそうだ。
「次の方どうぞ」
自分だ。緊張している、手が震える、自信をもて、一昨日から練習したとうりにすれば大丈夫、私ならやれる。
「あ…あの!えっと、その…フ…ファ…ファンです!」
助手は一冊の本を前に出した。
「サインください!」
「嬉しいね、ありがとう」
本を渡された男性は穏やかな口調で答えた。
「お名前を聞いてもいいかな?」
「はいチャシャと言います」
「チャシャさんか変わった名前だね」
男性は本の裏表紙に筆を取った。
【敬愛なファンであるチャシャさんへ ジョセフ・マティス】
「はい、どうぞ」助手に手渡した。
「ありがとうございます、一生の宝物にします、いや家宝にします」
「ははは、それはちょっと僕の荷が思いな」
「先生の処女作から最新作まで全て読ませて頂いております、今作の箱庭探偵の活躍を楽しみにしております。帰ったら直ぐに読みます。」
「君みたいな熱狂的なファンがいると僕も書いた甲斐があるよ。期待に添える内容かわからないけど楽しんで読んでね」
助手は帰路についていた。
話せた…あの人気推理小説家のジョセフ・マティスと話す事ができた。
気さくで優しくてすごく癒される…あー早く読みたい。
助手は足取り軽やかにステップを踏みながら事務所へと帰った。