第9話 後編

文字数 1,411文字

探偵はトラックの中で随分待たされていた。マレーが指令部に行ったきり帰って来る気配が無い。
探偵はおもむろにトラックから降り、指令部のある建物を見上げた。ここにはいい思い出は何もない、あるのは死ぬ気で身を削って守った腐った世界だけだ。
胸ポケットからシガーケースを久しぶりに取り出し煙草を咥えマッチで火をつけようとするが湿気っていてなかなか火がつかない。「あっつ」先にマッチが燃え尽きた。吸うのを諦めた、探偵は背後を振り向き町並みの夜景を眺めた。

数時間前

「次に狙われる奴は恐らくこいつだ」探偵は一枚の領収書をマレーに差し出しだ。
「薬品の購入した時の領収書か、買ったのは…ダメだこいつも爆発事故で死んでる」
「違う買った奴じゃない、承認した奴だ」
そう言い探偵は承認欄のサインを指差した。
「C.B…これだけじゃ分かんないな、今ある資料を見ても同じ頭文字は無かったと思うが」
マレーは半ば諦めていた。
「クラリス・バーレイ」探偵がその名を口に出した時、マレーは驚愕した。
「まっ待った、ユベール。クラリス・バーレイってあのクラリス・バーレイか、魔法魔術管理大臣の?」
「間違えない、奴のサインを貰いに行ったことがある、筆跡も同じだ」
マレーは頭を抱え混乱し、テーブルに倒れこんだ。
「今までの間隔から近日中だろう、早いうちに手を打たないと」探偵はテーブルに散らかった書類をかき集め、箱に無造作に詰め込んだ。
「本当か…」マレーは頭を抱えながら聞いてきた。
「本当に犯人がエミールって死んだ奴で、今でも幽霊になって自分を実験台にした奴らを殺しに回っていて次の標的は大臣だと…」
「ああ、そうだ」
「根拠は?」
「勘だ」
マレーは深いため息を吐いた。暫くした後、顔を上げた。
「犯人が幽霊で次に狙われるのは大臣。しかも根拠はお前の勘って…」
マレーは立ち上がった。
「信じるしかないか、お前の勘はいつも当たる、怖いほど正しい。今回も信じるよ」

その後、マレーは上層部に報告と増援をする為に指令部に行ったのであった。
「ユベール」マレーが建物から出てきた。


「ここって探偵事務所なんだよね?」
エミールは室内を見渡した。「入って来る時それらしい看板は無かったと思うんだけど」
「うちの事務所には名前なんて無いですよ」助手は微笑した。
「先生がめんどくさいって理由でつけなかったんです。あと看板なんか立てると客が一杯きて困るとか言ってました」笑いながら言った。
「随分と変わった先生なんだね」
「あの」助手はドキドキしながら聞いてきた
「なんだい」
「エミールさんの国って何があるんですか。そうだテレビ!テレビあるんですよね。この国じゃなかなか手に入らないので、先生もラジオの懸賞で当てようとしてハガキを三十通も送ったんですけど切手代が馬鹿にならなくて」
「そっかこの国は珍しいのか、僕の国ではテレビは一般家庭にはごく普通にあるかな」
「いいなー」
「それとねテレビの画面に色がついてるんだ」
「色!モノクロじゃなくて!」
「そう、カラーで映るんだ」
「あの!あの!もっと!他のも教えて下さい!」
「じゃあ空飛ぶ乗り物とか興味ある?」



「遅い!」探偵は痺れを切らした。
マレーが指令部から帰ってきた。
「で、どうする。これから乗り込むか」
「…すまない」虫の音の様な声で言った。
「悪い、大臣の警護はできない」
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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