第2話
文字数 753文字
心臓が張り裂けそうだ。家から小一時間、港まで助手を乗せて自転車を走らせた。唯一、国が認めた貿易船が停まる港。それ意外は変哲もないただの港町。打ち寄せる波の音、漂う潮風を感じる程の余韻は自分にはなかった。時の流れは残酷だ。
「海だー!」
眼下に広がる海に興奮覚めやまぬ助手。
(子供か)
「先生!早く行きましょう!」
「少し休ませろ…体力の…限界だ…」
「さあ、ご馳走を釣りましょう!」
息を整えてから自転車を押しながら歩いた。
「どこで釣るのですか?」
「落ち着け、釣竿は一本しかないんだ。この先の食堂で借りよう」
物理的にも経済的にも終わってそうな店構えをした食堂『海猫食堂』、店の看板も今にでも取れて落ちそうになっている。扉を開けて入ると年季の入った椅子とテーブル、中央に暖炉があるだけで人気はない。
「婆さん居るかい?」少し大きな声を出したが静まり返えった。
「お店やってるのですか?」
「死んでなきゃな」
すると奥から腰の曲がった小さな老婆が小走りをしてやってきた。
「あら先生、お久しぶりです」
「突然で悪いが釣竿貸してくれ、それと餌も」
「はい、いいですよ」
そう言い、奥に戻って行った。
「お知り合いなんですか?」
「前に仕事でな、店の鍵を失くしたから探して欲しいって、鍵無くてもこんな扉蹴り飛ばせば開けられるのにな」
暫くすると釣竿と小ぶりのバケツを持ってやってきた。
「こんなのでよければ」
「悪いね」
老婆から釣竿とバケツを受け取った。バケツには小エビがびっしり詰まっていてスコップが突き刺さっていた。
「それで先生、その子は先生の彼女ですか?かわいい子だねぇ」
「冗談じゃない!」
「じゃあ先生の子供かい?かわいいねぇ」
「俺が結婚してると思ってたのか?こいつはただの助手だよ」
この婆さんは毎回早とちりするから困ったものだ。