第1話

文字数 3,013文字

  ハハ キトク シキュウ モドレ

いずれは来ると分かっていた
自分の過去と向き合わなくては
決着を付けなければならないと


五日前、差出人不明の手紙が届いた。

蝋で封をした変哲もない便箋、書かれていたのはこちらの宛名ユベール・ロッシュJr.と自分の名前のみ、差出人が書いてなくても直ぐに分かった。
赤黒い蝋に刻印された紋章、人の首が三つ並ぶいつ見ても気味の悪い紋章…

の紋章だ。

見てるだけで頭が痛い。帰って寝込みたい。

「何で開けないのですか?」

油断した、助手が便箋を奪った。

「ばっ馬鹿…」

制止をする前に開いてしまった。

「ハハキトクシキュウモドレ?先生のお母さんですか?キトクって…大変じゃないですか!」

「チャシャ返せ」

手紙を急いで取り返した、呪文や呪詛などの類いは…無さそうだ。
毒は、触れているが神経毒の可能性は無さそうだ。
匂いは、バラの香り、あの女が好きな香りだ。
他には…

「チャシャ何している?」

助手が自分の部屋から旅行鞄を引きずってきた。

「何って決まっているじゃないですか、直ぐ支度して行きますよ」

「何言っている、これは嘘だ。それに何でお前が自分の支度をしてるんだ?」

「私は先生の助手です。先生の身の回りの事をするのも私の仕事ですので付いて行きます」

「あのなこれは罠なんだ、あの女が早々くたばる筈がない。行った所で…」

「例え嘘だとしても行くべきでは?先生に会いたいから手紙を寄越したのでは?」

珍しく反論してきた。

「私には両親の記憶はありません。先生の家の事情は分かりませんが会いに行くべきです。後で後悔しない為にも」

後悔ね…

行くか行かないか、俺の感は珍しく決めかねている。

『自由でいるには走り続けろ、喩え犠牲を払おうとも』

嫌いな言葉だがあんたのいう通りだよ。



翌日、帝都を出た。バスの終着駅まで、そこから馬車と御者を雇った。

西へ西へさらに西へ、五日目の朝には一歩手前までの村まで来たが御者が怯えて馬車と一緒に逃げてしまったが既に迎えの馬車が待機していた。

空は重く暗い雲が今でも雨が降るかの様に広がり、葦が生い茂るぬかるんだ湿地帯を馬車が走る風景を見て今に至る。

「先生の家族はどんな方何ですか?」

また知りたがりめ

正直、助手(こいつ)を連れてくるのは失敗だったかもしれない。万が一、否、絶対に不利な状況に陥るのは目に見えている。
自分一人で行ったとしても五体満足で帰れる自信がない。

だが助手を置いていく訳にもいかなかった。留守の間に人質にする可能性が俺の勘が働いた。

「俺の家族は…そうだな、一言で言えば



「狂っている?」

「ロッシュ家はその昔この国の基盤を支えた魔術師の家系だ。今は没落して表舞台には出てないが今でも政財界にも影響力のある奴らだ」

「先生の家族って凄いんですね」

分かっていない

「チャシャ俺の話しをちゃんと聞いてくれ。これから先、俺の命令に絶対に従え、いつ何が起きるか分からない。もし俺に何があっても絶対に命令を守れ」

「えっでも…」

「でもじゃない、今から行く場所はそういう場所だ。黙って言うことを聞け」

助手は黙ってしまった。
それでいい、死なれては困る。

馬車が止まった、着いてしまった。
二人は馬車から降りた。

「うあー大きい」

この湿地帯には相応しくない威厳と権力を見せびらすかの様な屋敷。

「どうぞ、中へお入り下さい」
フードを被った腰が異常に曲がった御者が気味の悪い声で促した。

(ここまで来ちまったんだ、腹括るか)

重々しい扉が軋む音を立てて開いた。

中は余りにも暗く蝋燭の明かりでようやく部屋の輪郭を捉えられるぐらい、中央には左右に分かれた幅広の階段、幾つもの扉が所せましとある。

あの日のままだ、あの時のまま時間が止まっている様だ。

「うわー広いですね」

完全に浮かれている、さっき警告したばかりなのにこの馬鹿か。

突如後ろの扉が不協和音を奏でて閉まった、そして暗闇から殺気を感じた。

とっさに助手の腕を掴み引き寄せた。

さっきまで助手がいた場所に赤錆び付いた槍が壁に突き刺さった。

その光景に助手は空いた口が塞がらず言葉が出なかった。

「悪い悪い手が滑っちまった、新しい得物を試したくてな」

階段の横から薄汚れた浅黒いローブを着た髪の長い男が笑いながら現れた、左手には刃こぼれが酷い斧を持っている。

「相変わらず投げるの下手だな、そんなのだからいつまでもヘタレなんだ」

「聞き捨てならないな兄貴、家を出て行ったあんただけには言われたくない」

今にも手に持った斧を投げて来そうだ、簡単に避けれるがここで戦闘は避けたい、慎重に言葉を選ばないと。

「あら、新しいお客様だわ」

背後から声がした。
おとぎ話に出てきそうなフリルの付いたピンク色のドレスを着た赤毛の女性がステップしながら近づいて助手の目の前に来た。

相変わらず気配を殺している。

「あら可愛らしいお嬢さんだわ、食べちゃいたいぐらい可愛いわ」
助手の顔に近づきまじまじと覗いた。

「ど、どうも初めましてチャシャ・ブラウスです」

「チャシャさんと言うのね、素敵な名前だわ。私今からお茶にしようかとチャシャさんも一緒にいかか?」

「えっと…私…」

「二人とも騒がしいわよ、お母様に聞かれたらどうするの」

今度は階段の上からだった。
降りてきたのは艶のある黒髪でワインレットのドレスを着こなした女性。

「ディエゴ、屋敷の中で玩具を振り回すなと何度言えば分かるのです。マレリア、あなたは少し強引です、お客様の気持ちを考えなさい。」

「姉貴の言うこと何か知ったもんか、俺は好きにさせてもらうぜ」

「ごめんないウィレムお姉様、久しぶりのお客様だからつい興奮してしまったわ」

二人を(なだ)めるかの様に注意した後にこちらを見た。

「お客人、(わたくし)の愚弟と愚妹がご無礼をいたしました。二人に代わりお詫び致します」

「いえ…別に大丈夫です」

「あらユベール、遅いお帰りね」

感情すら感じない、わざとらしい。

「あら本当だわ。ユベールお兄様もいらしてましたのねお久しぶりですわ」

ふわふわとした言葉使い、相変わら気に食わない。

「お前らの目は節穴かよ…」

「俺は嫌でも見えてたぜ」

お前には聞いてない。

「さあチャシャさん一緒にお茶にしましょう」

「何を言ってるんだ、俺と遊ぶんだよ」

「二人とも止しなさい、客人をもて遊んではいけませんよ」

「えっと…」

助手が戸惑っていると窓の外から鮮烈な光が差し、轟音が鳴り響いた。

雷の光で階段の上で立ちこちらを見ているもう一人の女性が写し出した。

若作りはせず、年相応とは違う気品漂う出で立ちでこちらを見ている。

先程の三人が借りてきた猫の様に静まり後退りした。

ゆっくりと階段を降りてこちらに近づいて来た。冷酷で凍りつきそうな目線を此方に微動だに変えずに。

階段を降りてお互いに向かい合った、数秒が数時間に感じる程。

「お帰りなさいユベール」
重く冷たく息苦しい歓迎の言葉だった。

「やっぱりだ。あんたがまだ死ぬ様な奴じゃないって分かってたよ。元気そうでなりよりだ、じゃあ帰るぞ」

助手の腕を掴み玄関の扉に手を触れた。



自分の手が止まった。

「暫くは止まない、折角帰って来たのだから泊まっていきなさい」

(やっぱ、そうなるか…)

「母さんまさかこいつを…駄目だ!俺は反対だ」

「ディエゴ、お母様のご意志に逆らうつもりなの」

「あらユベールお兄様も

するのね楽しみだわ」

参加?嘘だろ…

「ユベール、三日後に

を開きます。あなたも参加しなさい」

最悪だ…
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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