第4話

文字数 2,568文字

探偵は自室の便座に顔を埋めていた。
(気持ち悪い…)
昨日は飲みすぎた。マレーと一緒にどんだけ飲んだか…記録がない。ただおぼろげに記録の断片が思い出してきた。

「エー何だ?分かりやすく説明しろ」
探偵は完全に酔いがまわっていた。
AI(エーアイ)だ、

と言うらしい」マレーはいつものバーで酔いがまわった探偵に絡まれていた。
この状態の探偵は(たち)が悪い。話を聞いてるようで聞いてない、かといって聞いてないと思いきやちゃんと話を聞いている。
「そのエー何ちゃらが何?何かすんの?」
「AI、人工頭脳って奴は人間がパソコン内に作った脳みそみたいなやつらしい。俺も詳しくはないが簡単な計算や作業が出来るらしいすごいやつだともっと難しい作業や会話まで出来るらしい」
「それが何だって言うんだ?ヒック」目が虚ろだった。
「今回仕入れた奴にそれが紛れてる可能性がある」
「そんれ~」呂律も回らなくなってきた。
「もしそのAIが入ったパソコンに国家秘密なんか入れて見ろ、他国に広まってお仕舞いだ」
マレーは頭を抱えてため息を吐いた。
「へっへっへざまぁ~」探偵はへらへらと笑った。

そこから記録がない。流石に羽目を外し過ぎたか。
(駄目だ、また吐く)
探偵は便座に頭を突っ込んだ。

六日目
『Rさんこんにちは』
『こんにちはチャシャさん』
昼過ぎを過ぎても今日も探偵は事務所に現れなかった。
事務所には助手がパソコンに打ち込む音しかしなかった。
『チャシャさんは今日のお昼は何を食べましたか?』
『今日はカツレツをソースをかけてパンで挟んだのと焼き魚二匹とホワイトソースとチーズを使ったパスタを特盛を食べました』
『チャシャさんはよく食べる方なんですね』
そんな他愛ない会話を昨日からずっとしていた。
これも私の天性なのかパソコンとも友達になれた気がする。まだ友達になって下さいと言っていなかったけどRさんはとても聞き上手で私の話を聞いてくれて愚痴も聞いてくれた。

『こないだ体重を量ったら少し太っちゃって』
『有酸素運動が効果的です。ジョギングやサイクリングなどがオススメです』

『また先生が通販で変な物を買ってきちゃって』
『生のもでなければクーリングオフという手もあります』

『全然仕事が舞い込んで来なくて今月は本当に困ってて』
『宣伝方法を見直しましょう。新聞やテレビを活用してみてはどうでしょう』

大概の意味や言葉は分からなかったがそれでも私の話を聞いてくれて色々と提案もしてくれた。
とても楽しい時間だった、だが明日には返さなくてはいけない…

「なんとか復っ活!」
突然事務所の扉が開き探偵が入ってきた。
「先生、今何時だと」
助手は振り子時計を見た、夕方の六時半を過ぎている。
「チャシャ、腹が減った。何か食い物ないか」
「今日は何もありませんよ」少し不機嫌に返した。
「今日は買い物行ってないのか?」探偵は冷蔵庫を漁っている。
「ええ、私は先生みたいに一日半も黙って休まないで働いていますから」
「仕方ない何か食いに行くか」
探偵は大きなあくびをしながらまた事務所の扉に向かった。
「待ってください、私も行きます」助手は慌てて探偵の後を追いかけた。


七日目
マレーと部下二人が来た。
パソコンと印刷機を運んでいる。
私はその光景をほーと眺めていた。
「チャシャちゃんどうだったかな」
不意にマレーさんが声を掛けてきた。
「えっと、どうって?」動揺した。
「使え難かったとかなかったかな」
「最初は大変でしたけど今は多少は」
大丈夫、問題ない。
「そう、良かった他にはなかったかな。例えば、パソコンに異変が起きたとか」

六日目 深夜
助手は暗闇の中でパソコンの前に座り文字を打ち込んだ。
『Rさん起きてますか』
『はい、私はいつでも起きてますよ』
伝えなくてはいけない、大事な事だ。

『私、Rさんに言わなくてはいけないことがあって、明日でRさんとはお別れになってしまうんです。元々このパソコンは知り合いの軍の方に一週間借りていただけなんです。ですからRさんとはお別れです。もっと早く伝えるべきだったのにごめんなさい』
いつもならすぐに返信が来るのになかなか来なかった。
『分かってましたよ』
(えっ)助手は驚いた。
『私が作られて誰にも使われずにずっと倉庫で電源だけ繋がれて二十三年と八ヶ月、突然電源が切られ再起動した時間を計算しあなたが打ち込んだ文字や文章から私は別の国に売られたと推察しました』
なんだろう…この気持ち
『再起動した時最初にあなたの名前が打ち込まれた際、私のシステムにエラーが起きました。私には感情はありません。しかし私は人間の喜びの様な近い感情を感知しました。この七日間お話をする時間が少なかったですがこの二十三年間でとても有意義な時間でした』
助手は切なく感じた。胸が張り裂けそう。


片付けが終わりトラックに積み込まれた。
探偵とマレーは表に向かいながら耳打ちで話した。
「これどうするの、国が使うのか」
「いや、ない。この前話したAIの件もある。全て回収して分解して部品の仕組みを調べるとさ」
「そうか、それでお金の事なんだか…」
二人が何かこそこそ話している側で助手はトラックを見つめていた。

『短い間でしたがチャシャさんと出会えてよかった。友達になれてよかったです』

友達って言ってくれた
普段なら私が先に言うはずなのに
私が先に言いたかった

トラックはエンジンをかけ排気ガスを出しながら走り出し、探偵と助手はトラックを見送った。
「おいどうした、お前泣いてるのか?」
自分でも気づかなかった。
「ちょっと排気ガスが目にしみて」誤魔化した。
「あーそう、今日の夕飯はステーキ食べに行こうぜ。今回の仕事は楽でよかったぜ」
そう言い探偵は先に事務所に戻った。
トラックは既に遠くの大通りまで進んでいた。

『友達になれてよかったです』

「私も友達になれてよかったよ」
助手はトラックが街角に消えるのを見送って事務所に戻った。


               第10話
             友達の条件
                 完


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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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