第2話
文字数 4,974文字
「これはこれは遠い所からお越しいただいて」
腰の曲がった老婆が玄関で待っていた。
「お疲れ様です、私はこの宿の主です。ヴィンセント様からお二人のお話を聞かせて頂いております。何か不便な事がありましたら直ぐに私にお申し下さい」
曲がった腰を更に曲げて頭を下げた。
「すまないが早速俺達の部屋を教えてくれ、さっさとこいつを降ろしたい」さほど重くはないが流石に持ちにくい。
「本日はこちらの家がお二人のお宿になります。どの部屋を好きなように使っていただいても構いません、景色をご覧になりたいのなら二階を上って突き当たりの部屋がおすすめでございます。お荷物をそちらの部屋にお運びしてもよろしいですか?」
(マジか…)
「ご昼食はまだ食べられてない様でしたらご夕飯の前にも軽食でもご用意致しますが」
「いや大丈夫だ。それと荷物は自分で運ぶ、とりあえず夕食まで部屋で休ませてもらう」
「分かりました、ご夕飯は七時頃を予定しております。それまでお部屋でお休みになられてもよろしいですが露天風呂もございますのでもしよろしければご利用下さい」
(マジか…)
「それでは私は失礼致します。何かご用がありましたらこちらの電話でお呼び下さい。では失礼致します」
また腰を曲げて老婆は建物から出て行った。
探偵は再度部屋を見渡した。上流階級が住む豪邸その物だ。
「マジか…」
気が緩み助手を床に落とした。
「…うぅ…ん」
助手は意識を取り戻した。
ベットで寝かされている。知らない部屋だ、自分の荷物が置かれている、だがとても暖かみを感じる部屋だ。ふかふかのベットと枕、テーブルに椅子と大きな窓、ベランダから外に出られそう、木目の綺麗な壁、照明も暖かくほっとする。そして何故か額が痛い。
額から鈍い痛みを感じ手で押さえていると部屋の扉が開いた。
「起きたか。飯ができたそうだ一階に行くぞ」
探偵はそっけなく言った後さっさと部屋から出ていった。
一階に降りると大きなダイニングテーブルに豪勢な料理が並べられている。
「お待たせしました。さあお席に着いてお召し上がりください」
腰が曲がったお婆さんと私と同い年ぐらいの女の子がいた。
食事の時間はあっという間だった。あれだけのご馳走は久しぶりだった。川魚のムニエル、色とりどりの野菜のサラダ、野菜と魚のクリームスープ、豚肉だろうか分厚いソテー。美味しかった、幸せ…
「それでは私どもは今日は失礼致します」
老婆と少女はお辞儀をして出ていった。
(無愛想だったけど可愛い子だったな)
助手はテーブルに置かれた果物が入っている籠からリンゴを手に取り噛りながら思った。
助手は露天風呂に行った。
周りを板で囲まれた箱庭の様な庭の中央に石造りの湯船が湯気を上げてあった。
(露天風呂なんて初めて)
ワクワクが止まらなかった。
早速湯に入った。
「ふぁ~あ」
とても暖かい、気持ちがいい。時折吹く風が心地よい気分にさせる。
「しあわせ~」
湯船で背伸びをした時空が目に入った。
そこには満天の星空が広がりより一層心が安らぐ気分にさせられた。
(本当に幸せだなー)
二日目
よく眠れた。
八時ちょうどに昨日の老婆が朝食を持ってやって来た。
焼きたてのパンに蜂蜜と小瓶に入ったジャムが三つ、色から見て赤は木苺、薄い黄色はリンゴか梨だろう、緑は何だ?
「お婆さん、この緑色のジャムは何味ですか?」
助手が尋ねた。
「それはこの村の特産の
ヤマカラシ
です」「ヤマカラシ?」
「ぴりっと辛いですがパンにつけてもよし、サラダのドレッシングや肉料理にも合う野菜です」
助手は試しにパンにつけて一口食べた。
ぴりっところじゃない鼻の奥がつーんとする。だが後から辛さが癖になってきた。
「とても美味しいです。癖になる味です」
助手は次々にヤマカラシをパンに塗りたくって口に放り込んだ。
流石に老婆もつけすぎではと心配した様子で見てたが助手は平らげていった。
「ご馳走さまでした。今日は昨日の女の子は来てないのですか?」
助手は満足げに腹を押さえた。
「あれはうちの孫です。今日は畑仕事を任せております」
老婆は答えた。
「すまない、二三聞きたい事があるだが」
探偵は老婆に尋ねた。
「ええ、私に答えられるものでしたら」
「奴は…ヴィンセントは何故この村に宿を作った」
「私は詳しくは聞いてないのですがヴィンセント様はこの村の事を大層気に入っていただけたご様子で農業でしか生計をしていかなく寂れていくこの村を帝都に住む人達の為の避暑地として活気をつけさせるとと言っておりました。これからもこのような宿を建設する予定だそうです」
「他にこの村には何があるか」
「これといってはありませんが村の中心には土産物店と酒場がございます。後は山々と森と麦畑の景色、それとヴィンセント様が堀当てた温泉がございます」
「お店にヤマカラシは売ってますか?」
助手は食い気味に老婆に尋ねた。
「ええ、売っておりますよ。他にも特産品の食品や織物等をお売りしております」
「そうですかありがとうございます。先生早速買いに行きましょうよ」
「分かった分かった後で行こう。婆さんありがとう礼を言う」
探偵は礼を言った。
「ああ、それといい忘れていたことが」
老婆は思い出したかの様に言った。
「村を散策しても構いませんが山の方には近づかないで下さい。地元の者でも道に迷ってしまう危険な場所です。くれぐれも山の
老婆は念を押す様に言った。
私と先生は村を散策する事にした。見渡す限りの麦畑に挟まれて村の中心に向かった。
村の中心には六軒の家が建っていてそれぞれ土産物や食事処、酒場がある。
私は土産物店で今朝食べたヤマカラシと染め物のハンカチを買った。
可愛らしい
木彫りの像を買おうとしたが先生に全力で止められた。それから食事処でシチューを食べた。それからまた村の周りを散策した。
本当にのどかな場所だ、土産物店や食事処の店員や村を散策している時に畑仕事をしている人達も気さくに挨拶をしてくれた。
散策も飽きたので宿に帰る途中、一軒の家の横を通った。
家の横で薪割りをする男の子がいた。何度も斧を降っているが薪が割れていない様だ。
「下手くそ、見ててイライラする」見ていられない様子だった。つい口に出してしまったんだろう。
男の子は振り返り探偵を睨んだ。
「おっさんできるのかよ」
「おっさんって呼ぶな、ほら貸してみろ」
探偵は男の子に近づき斧を受け取り切り株の上に置かれた薪の前に立った。
「都会もんにはできねえよ」
「その目で見てろ」探偵は両手で斧を振りかぶった。
見事に薪は一刀両断に割れた。
「ほら次」
探偵は薪を置き、また一刀両断にした。
「すげー」
「まだまだ」
今度は薪を片手で斧を振り薪を割った。
「おっさんすげー」男の子は興奮した。
「こんなもんじゃねぇぞ」
探偵は次々と薪を片手で割り続けた。
「おっさん教えてくれ、どうやったらあんなに割れるんだ?」
「おっさんはやめろ、俺は四十…あっおっさんか…」
「なあおっさん教えてくれよ、いいだろ」
男の子は探偵にしがみついてきた。
「分かったから離れろ危ねぇだろ」
助手は一人で宿に向かって行った。
(先生がああなると暫く時間がかかるから待っているのも暇だし先に帰ろう。それにしても先生あんなに薪割り得意だったんだ、初めて知った)
道を進んでいると山の側面に森が広がる場所に出た。
山に入っちゃ行けないって言ってたから次の角を曲がろう、そう思い進んで行った。すると恐らく山に繋がる道だろうか、山道らしき道が左手に見えてきた。そして森の入り口に昨日の夜に会った女の子が山の方を見て立っていた。丁度いい。
「こんにちは」
助手は少女に話しかけた。女の子は一瞬驚き声のする方を見た。鋭い目線に無愛想な表情で助手を睨んだ。
「昨日の夕食ご馳走さまでした。とっても美味しかったです」
少女は黙っていた。
「今日の夕食は何がでるんですか?私待ちきれなくて」
会話が帰ってこない。一方通行だ。助手は悩んだ。
「え、えーとお土産店さんで染め物のハンカチを買ったんだけどとっても綺麗で…」
「あなた…」少女が口を開いた。
「山に近づいて行けないってお婆ちゃんに言われなかった?」言葉からも無愛想が伝わってきた。
「ごめんない、今宿に帰る途中で」
「宿なら来た道を戻って二本目の角を左に曲がれば着くわ」
「ありがとう、そうだ私はチャシャ、あなたの名前は?」お決まりの友達になろう作戦だ。
「別に、あなたには関係ないでしょ」これはしぶとい。
「昨日の夕食はあなたが作ったの?とっても美味しかった。あの野菜と魚のスープがとっても美味しかった」
「そう」少女は素っ気なかった。
「ねえ、レシピを教えてくれる?あれもう一度作って食べてみたいの」
「…」少女は黙った。
「私、明日帰らなくちゃ行けないから文通しよ」
「何で」相変わらず素っ気ない。
「友達になってくれますか?そしたら手紙のやり取りでお互いの事を…」
「誰があんたと、さっさと帝都に帰って」
少女そう言い残し助手とは別の道に去って行った。
(あれ?失敗した…私何か悪いこと言っちゃったかな)
三日目
先生が心配していた事は何事も起きなかった。
十一時丁度、宿の前にここに来た時の車が急ブレーキをかけて止まった。
正直、もう一度乗るのは勘弁したい…
私は運転手の女の子と一緒に荷物とお土産を車へ積んだ。
先生はお婆さんと女の子と何か話している。こっちからじゃ聞き取れない。
「積め終わりました出発致します」運転手の女の子は笑顔で答えた。
「先生、もう出発するそうです」
探偵は振り返った。
「分かった、今行く」
乗車した後、お婆さんは深々と頭を下げて見送っていた。女の子は会った時とは違う少し寂しそうな表情をしていた。
私は車内から女の子に手を振った。
それに気づいた女の子は少し動揺し手を挙げようとした時。
「出発します」運転手の女の子が言った途端に車が急発進した。
振り向けば既にお婆さんと女の子は見えなくなっていた。
「なあ、荒っぽい運転はしないでくれよ。寝不足なんだ」探偵は女の子に頼んだ。
「お任せ下さい行きより安全で最速で飛ばして行きます」女の子は笑顔で答えた。
行きの時より比べ物にならない程の圧迫感が身体を襲った。
(もう…だめ…意識が…)助手は目の前が真っ暗になった。
気づいた時には事務所の私の部屋でベットに寝かされていた。窓からは夕日が差し込んでいて外から探偵の声が聞こえた。
「お前何が安全運転だ!道なき道を進んだ挙げ句途中で崖を下って谷を飛び越えたろ!死ぬかと思ったわ!」
「でも行きより一時間早く着きましたよそれにご無事ですそれでは私はこれで」早口で運転手の女の子は答え車が急発進する音をたて静かになった。
私は部屋を出て事務所にでると探偵が入ってきた。
「起きたか、無事か」
「まだ少しクラクラします」
「夕飯どうする、なんか食うか」
「いいえ、今日は部屋で休みます」
今胃の中に物を入れたら不味い事になる。
「そうか、お前も疲れたろう。俺も部屋で休むわ、鍵閉めろよ」
そう言い探偵は事務所を出ようとした。
「そうだ、お前に渡す物があった」
探偵はコートのポケットから二つ折りの紙切れを渡し出ていった。
私はその紙切れを開いた。
素っ気ない態度をとってごめんなさい
私、今まで友達がいなくて友達になって欲しいって言われて正直に嬉しかった
後でレシピを書いた手紙を送ります
帝都の事も教えて下さい
リンより
あの女の子だ、住所も書いてある。
「やったー!」
助手は小さく跳びはね喜びを爆発させた。
するとお腹の音がなり始めた。
(喜び過ぎてお腹空いちゃった。何か食べてから寝よう)