第3話
文字数 6,617文字
ああ、そうだ。彼奴らと接触しろ。
具体的には何をすれば…
何でもいい、適当に話しをすればいい。お前のお得意の『誰とでも友達になれる』無駄な力を使って上手く立ち回れ。まあ、出来れば三日後の会議について聞ければいいが流石にお前じゃ無理だろうが…手始めにあのヘタレから攻めるか。
「ひっ!」
私の顔の横をナイフがかすめた。
じめじめとし至るところに血痕の飛沫が飛び散る地下室、あちこちに無造作に置かれた明らかに使用済みだと思われる拷問器具と大量の刃物類の武器。
「何だよそんなビビるんじゃねぇよ。楽しもうぜ、なぁ!」
三男ディエゴ、武器コレクター、特に曰く付きのを集めている。自分の思い通りにいかないと激昂する未だに親の脛を齧ってるヘタレだ。
「お前兄貴の助手なんだって?なぁ俺と遊ぼうぜ!」
テーブルに片足を立てて見下すかの様に笑っている。
「さっき言ったようににあいつは思い通りにいかないと手がつけられない程暴れ回る。そうなったらそこら辺血の海さ」
「無責任過ぎますよ、もっと何か方法はないですか?」
「対処としてはあの四人の中では簡単だ。お立てろ、媚を売れ、そうすれば何とかなる…はず」
もう既に機嫌が悪そうだ、現に大振りのナイフを手に持っている。先生の話しは本当だった。
本当に殺す気だ
。(勇気を持て私!何としてもここを乗り切るんだ!)
「凄い数ですね、全てディエゴさんの物ですか?」
「何言ってるんだお前、当たり前だろ。ここにあるのは全部俺の物だ、そのうちこの家も俺の物だ。だから気安く触るんじぁねぇ!」
「ご、御免なさい。余りにも…す、素敵で…こ、これとか」
何とか心から思っていない言葉を振り絞り、テーブルに突き刺さった刃が黒色のナイフを指差した。
「ほぉ、そいつに目を止めるとは。お前中々見る目があるじゃないか」
ディエゴは手に持っていたナイフを放り投げて指差したナイフを手に取り舐め回す様に眺めた。
「腐ってもあの兄貴の助手か。こいつはな五百年前の皇帝直属の刺客が使っていた得物だ。気に食わない奴らをこいつで暗殺したんさ。逆らう奴らを片っ端からぶっ殺したのさ。臭いで分かる、ざっと百は殺ってる臭いだ。いい臭いだ…たまらねぇ」
「そ、そうですか…」
(どうしよう、もう話題が無い…)
「それで、俺と何で遊ぶ?お前小さいから切り手ごたえが無さそうだな、なら吊るして的当てにするか?それがいい当て手ごたえがありそうだ!」
「あの!実は…」
「万が一話題が無くなったら
これ
を話せ」先生が着ているコートの裏を見せた。
コートの裏には碧色の刃と木でできた持ち手をロープで縛った小振りの手斧だった。
変わっていたのは刃の部分が鉄ではなく石の様な物でできていて、その石には細かい文字みたいなものが蒼白く彫られている。
「何ですか、その斧?」
手を伸ばそうとした時、直ぐ様先生は斧を隠した。
「見たって話せばいい。それで食いつくはずだ」
先生は顔を背けて何処か浮かない雰囲気だった。
「斧?ほぉ、兄貴がそんな物を持ってるのか。面白い、そいつは気になる」
見た通りに話した。結局先生はあの斧について話してくれなかった。けどあの斧を見た時、私の身体がざわつき身体の内から寒気を感じた。
「で、話しはそれだけか?」
(不味い…どうしよう)
不意にディエゴは腹を抱えて笑い出した。ある程度笑った後話しかけた。
「いいだろう、今回は見逃してやる。ただしその斧について何か分かったら逐一俺に報告しろ。ほら、さっさと失せろ!」
「…と言う事でして」
「まぁ、そんな、事だろうと、思ってた」
「先生…それはそうと何をなさっているのですか?」
「見れば、分かるだろ、腕立て伏せだ」
さっぱり分からない。この人は突拍子も無い事をしでかすから本当に困る。
「今日はこれまでだ。家族と接触する以外は会議まで部屋に籠るぞ。明日はあいつだ」
「まあ、本当に来てくださったのね。嬉しいわ」
屋敷の裏手にガラス張りの半円状の温室、色彩豊かな草花に囲まれて午後の御茶会が開かれた。
次女マレリア、美食家、食の探求心が凄まじい、お前に似ているな。常に言動がふわふわしていて動きが読めない。安易に質問や受け答えをするなよ。
「嬉しいわ嬉しいわ、久しぶりのお客様、お茶にしましょうそうしましょう」
先生が言ってた様にマレリアさんは言葉から仕草までふわふわしていた、何処かおとぎ話の世界からやって来たかの様だ。
丸い白いテーブルには一口程で食べられるくらいの大きさの色とりどりのカップケーキの山に焼き菓子で出来たお菓子の山が埋め尽くしている。見ているだけで涎が止まらない。
「お茶は何がいいかしら?シャマール?カル?やはりルーゼンにしましょう」
多分お茶の種類なんだろう。そんなに種類があるのか、流石美食家なんだな。
お菓子の山の隙間にねじり込む様に置かれたティーカップにお茶が注がれた。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ」
無邪気な笑顔でこちらを見つめた。
「えーと…」
「いいか、あいつが出した食べ物は絶対に口にするなよ。いいな、絶対だ」
御茶会開催一時間前に先生が突然言った。
「何でですか!私お腹ペコペコなんです!今日は干し芋とパン五枚とイチゴジャムとイワシの缶詰とリンゴ三個しか食べてないんです!飢え死しちゃいますよ!」
「ああそうだな!ついでに俺のハムも食ったよな!この馬鹿野郎!」
(たかがハムで叩く事はないじゃないですか。ちょっとつまみ食いしただけで…ついでに先生にはばれてないけど鞄の底に隠していた紅茶も飲みましたけどそこまで怒る事は…)
「あら食べないの?具合でも悪いのかしら?」
マレリアが可愛い顔をして首を傾げて尋ねてきた。
目の前のご馳走に今すぐにも手を出したい。だが先生が言った事を守らなければ。だけどこの機会を逃すと一生食べる事はないお菓子たちだ。
「私…その…こういう礼儀作法を知らないので…」
「礼儀作法なんて気にしなくていいわ。私堅苦しいのは嫌いなの、食事は楽しまないと。ウィレムお姉様とお母様はとても厳しい方だけど私たちお友達でしょう?楽しく食べましょう」
(食べたい!けど、先ずは話しを聞かないと。何か話題を振らないと)
「あの先生からマレリアさんは美食家だと聞いたのですが普段何をしているのですか?」
「興味があるの?フフッいいわ、教えてあげる。食べるのが私の仕事よ、食べて感想を言うの。すると記事にしてくれるの。甘いのが好き、幸せが溢れるわ。辛いのも好き、刺激的だわ。苦いのも好き、大人の味だわ。酸っぱいのも好き、変わっていて楽しいわ。出された料理は残さず食べる、今まで残した事は無いわ。だって勿体ないじゃない」
夢のような仕事だ、羨ましい。私も転職しようかな…今の所話しは噛み合うしおかしな所は見当たらない。先生の間違いじゃないだろうか。
「チャシャさんお茶が冷めてしまうわ、さあお飲みになって」
マレリアはカップを手に取り飲み始めた。
上品な香りがする紅茶に目を奪われた。
(先生は食べるなと言ったが飲むなとは言ってなかった…フッ先生、今回は私の勝ちです)
カップの取っ手を取り、持ち上げようとした時。
「いっ!」
指に痛みが走った、幸いカップを落とさなかったが紅茶を少し溢してしまった。
痛みを感じた指を確認すると一筋の切り傷から血が流れていた。
「あらいけないわ、血を止めないと」
いつの間にかマレリアは隣に立っていた。直ぐ様純白のレースの着いたハンカチで私の指を優しく押さえた。
「きっとカップが欠けていて切ってしまったのだわ、私としたことが友達を傷つけてしまってごめんなさい」
マレリアは慌てること無く対処した。
「大丈夫ですよ、これぐらいの傷でしたら」
「いえ、私がいけないの。ちゃんとカップを確認すべきだったわ。痛い思いをさせてしまってごめんなさい」
マレリアさんを近くで見ると更に可愛いいし、香りも幸せになる気分になる。
「それはそうとここに来る途中大変だったわね、馬車に逃げられてしまったなんて」
「えっあ、はい」
(誰から聞いたんだろう?)
「馬車を運転していたのは私たちの領地に住むグライスという村人なの、酷い人だわ」
「いえ大丈夫ですよ、あの人にも何か理由が…」
「駄目よ、いけない事をしたらちゃんと怒らないと。駄目よグライス、ちゃんと約束を守らないと。悪い子は
食べてあげないわよ
」マレリアはテーブルに向かっ小さな子供に叱る様に言った。
「え…」
「そうそうちゃんと謝りなさい…ほらあなたの子供のシャマールとカルとルーゼンもいるのだから」
(何を言っているの…)
マレリアはテーブルに置いてあるカップケーキに言い聞かせている。
「あの、さっきから何を…」
「血は止まったようね、もう大丈夫よ」
マレリアはテーブルから一つのカップケーキを手に取って私の目の前に見せた。
「ほらグライス、ちゃんとチャシャさんに謝って…そういい子ね、さあチャシャさん、グライスが謝っているわ許してあげて」
マレリアが持っているカップケーキ、見るからに美味しそうだ。たっぷりのクリームに色鮮やかなチョコチップ、スポンジ生地もチョコ…
チョコ…のはず…スポンジの色が少し違和感を感じるのと少し側面から何かはみ出している。
細い三日月の様な物、あれは…
爪
マレリアは指を離し満面の笑みでケーキを差し出した。
「さあチャシャさん。仲直りのしるしに
食べてあげてね
」「いつまでそうしてるんだ」
嗚咽が止まらず
「何で…何で最初から言わなかったんですか」
「言ったら行くか?」
何も言い返せなかった、もう言い返せる気力はなかった。あの場所で起きた事は思い出したくない。
「ほら、これを飲め」
先生が藍色の小さな薬瓶を差し出した。
「何ですか…これ…」
「黙って飲め」
私の頭を押さえ込み口の中に無理やり流し込んだ。
「うっぐぅ…」
喉が焼ける、溶けた鉄を流し込まれた気分だ。
「気持ち悪い…何ですかこれ…」
「気付け薬だ、多少よくなる…はず!」
気付けばまた先生は変なことをしている。科学の実験をしているのか、床の上で試験管、フラスコ、アルコールランプを広げて何か作業をしている。
「まさか今の薬は先生が…」
「お前に飲ませたのは前に自分用に作ったやつだ、今作っているのとは別物だ。配合と分量は勘だが力作だぜ」
「勘で作ったのを飲ませないでください!」
「ほら、効いてきた。言い返せるまで元気になっただろう」
本当に何も言い返せない。普段なら噛みついて言い返せるがこの非常事態、何も出来ない。
「次はあいつだが…今のお前じゃあ会った瞬間殺られるな」
「えぇ…」
もう嫌だ、帰りたい…
「任せろ、俺に策がある」
それが一番信用出来ない…
化粧台の前に座らされている。
部屋の前で会った瞬間、無理やり連れ込まれて椅子に座らされた。
突然肩を捕まれた、背後に長女のウィレムさんが鏡に映る私を見ている。
「最初に会った時に殺してあげるべきだったわ」
背筋が凍る、肝が冷える、呼吸が浅くなる。
ウィレムさんが私の耳元で囁く。
「私、美しい物しか興味が無いの。酷い顔、会った時より酷いわ」
震えが止まらない、呼吸も止まりそう…
「あなた、自分の顔を見て何とも思わないの?」
顔…自分の…顔…もう…意識が…
「フフ…」
(フフ?)
「ごめんなさい…怖がらせてしまって…もうダメだって…フフ…あなたの顔…」
ウィレムさんが笑いを堪えていた。
「あの…」
「ちょっと待って喋らないで…はははっ、あなた自分でお化粧したこと無いでしょ」
我慢の限界を超えたのだろう、涙を零して大笑いしている。
「あ、はい…」
確かに生まれてこの方化粧という物に目がいかなかった。
金銭的な事もあるが自分的には不要だと判断していた。
決して自分がかわいいとか綺麗だと思ってはいない、化粧というのは別の世界にあって、私とは無縁な世界に住んでいるのだと思っていたからだ。
「よし、完璧!」
先生が自信満々な顔をした。
持参した手鏡で自分の顔を見て驚愕した。
顔の殆どが白塗り、際立つ深紅の口紅、眉に関してはミミズがのたうち回ったかの様だ。
言葉が出ない。
「よし、これであの婚期逃しも食いつくだろう。いやー本当我ながら最高の出来では、今の自分なら宮廷美容師にも勝てるんじゃないか?」
先生が何か喋っているが頭に入らない、自分の顔の情報量が多すぎる。処理が出来ない。
「さあ行ってこい!」
己で理解出来ぬまま部屋を追い出され、捕まり、今に至る。
「はい醜い化粧も落ちた事だし、どう変えちゃおうかしら」
長女ウィレム、美容家兼起業家、過剰なほどに美意識が高くて自らが広告塔として売っている化粧品が馬鹿売れでなお前でも一度は名前を聞いた事があるはずだ。人や組織をまとめる力、統率力は凄まじい。完璧主義にも程がある。
「さて、どこから手をつけようかしら」
私の分厚く重ねた化粧を丁寧に落とした後不適な笑みを浮かべながら化粧を始めた。
「あの、ウィレムさん私…」
「動かない」
頭頂部と顎を押さえつけられた。
「分かってる、ユベールに頼まれたのでしょ。何が聞きたいの?」
(先読みされている…顔に出てたかな…)
「えーと、これといってなくて…」
少しはぐらかそう、もう少し相手の流れに乗ろう。
「本当に?醜い格好をして個人のメイクなんて滅多に受けない私に会えたのに何もないの?あなた随分間抜けじゃないの?」
化粧の手を止めずに鼻で笑われた。軽く見下された気分だ。否、かなり下に見られている。
(困った…こういう人、苦手)
自分にも好き嫌いはある。何でもかんでも好きな訳ではない、辛い物が苦手な様に人の性格にも好き嫌いはあるのだ。
ただ、今回は命懸けである。好き嫌いを言っている暇はない。
「あの、やっぱり聞きたい事があります!」
取り敢えず笑顔で答えた。それが今の私に持てる唯一の武器である。
「明日の会議って何をするのですか?」
先生が言っていた。血族会議なる物に関して聞き出せたらと。先生は私では聞き出せないと踏んでいた。
「へえー、やっぱりあるじゃない。いいわよ、教えてあげる」
意外と予想外の展開となった。内心動揺が止まらない。
「はぁ?聞けた?」
先生が驚きながら埃まみれのベットから身体を起こした。
「ええ、聞けましたよ。案外余裕でしたよ」
「それで内容は」
食い気味に聞いてきた。
「ただの話し合いよ。今後の一族の方針を話し合うだけ、それだけよ。だからあなたには関係がないわ。さあ、これで完成」
鏡に映るのはただの田舎者だった少女が都会の町で美しく可憐に輝く一人の女性だった。
「これって…私?」
まるで別人だ、自分とは信じられない。
「私はユベールと違って暇じゃないの、用がないならもう帰って」
感動を味わってる暇なく部屋から押し出された。
「それとユベールにこう伝えて」
ウィレムが扉を閉める際に一言放った。
「楽しみにしてるから」
「だそうです。すごいでしょう私!やってやりました!」
自信満々にありのまま事の
さすが私、褒められて当然でしょう、胸を張れ私!
「は?それで?」
?
「話し、それだけ?」
「ええそうですが」
「少しでも期待した俺が馬鹿だったよ」
先生は大きなため息をつきベットに横になってうずくまった。
少しは褒めたってと思ったがこの人には無駄な期待だ。
「その先生のお母さんの事ですが何度か伺ったのですがお会いにならないそうで、どうしますか?」
「だろうな、そんな奴ほっとけ。それより明日本番だ、その化粧を落としてさっさと寝ろ」
それより気になった事がある。
「先生、質問があります。先生が長男でディエゴさんが三男と言ってましたが次男は誰なのですか?」
「あいつは死んだ、もうこの世にはいない。だから気にするな」
先生は少し返答が遅かった。
「そうだったのですね。それともう一つ今日の夕飯の事で…」
「聞いてなかったか?もう寝るんだ」
「そんな夕飯は…」
「黙って寝るんだ」
「お腹が…」
「寝ろ」
その日が来た
助手を連れて大広間に着いた。暗闇で先が見えない程の長いテーブルに等間隔に置かれたろうそく立てと白く輝く皿にフォークとナイフ。
既に席に着いている者がいた。向かって右側にウィレムとマレリア、ディエゴはいない。どうせまだ寝てるのであろう。そして最奥、家族の肖像画が掛けられた前の席にあの女がいる。
「間もなく定刻です。お席に」
腰の曲がった老婆の家政婦が席へ促され席についた。
「皆様、血に従い集いし高潔なる方、血族会議を開始します」