第3話 前編
文字数 1,636文字
「なあ、怒ってる?」
探偵と一緒に後部座席に座ったマレーは分かりきっているのに質問をした。
「…」
探偵は答えず、車窓の町並みを見ていた。
「悪かって、まさかそう簡単に引っ掛かるなんて思わなかったからさ。ほら手錠を外してやるから」
マレーは手錠の鍵を取り出し探偵の腕に手を伸ばした、油断した。
探偵の腕に近づいた瞬間、探偵に着けていた手錠が外れマレーの右手にかけられた、もう片方を車内の天井の手すりに繋がれた。
「ざまー見やがれマレー、お前が悪巧みを俺にするなんて百年早いわ、顔を洗って出直しな!」
探偵はしてやったと言わんばかりに高笑いをした。
運転席と助手席に座っていた屈強な二人の部下たちも笑いを堪えるのに必死だった。
「クソ、またかよ。お前らも笑うな」
「えーとこれで完全勝利というわけでそろそろ用件を言え」
「分かったから、鍵!鍵は何処だ、いつの間に盗んだ。手錠を外してくれ用件を話す」
「ダメだ、しばらく着けてろ。部下という
マレーはこみ上げてくるものをぐっと堪えてから探偵に話しを切り出した。
「今朝男の死体が見つかった、場所はベラクレス地区の被害者の自宅だ。被害者は一人暮らしで今朝、約束通りに仕事場に現れないのを心配した職場の人間が軍警察に連絡、書斎で倒れていたのを発見したそうだ。家は表と裏、窓にも施錠がしてあり外部から侵入した痕跡がない。争った形跡もなく、男の身体にも目立った外傷や魔術による呪術痕がない、詳しい検視はまだだが現場では心臓麻痺の見立てだ。事件性はないと所轄は片付けるつもりだ。ここまでの話しは分かったか?」
マレーは尋ねた。
「事件性のない件を俺に調べろと?しかも畑違いの国家防衛局が乗り出すとは死んだ男は何者なんだ?」
車窓を見ながら面倒くさそうに探偵は答えた。
マレーは説明を続けた。
「この一ヶ月、同じ様な事件が四件起きた。被害者は皆、心臓麻痺で死亡、どちらも事件性がないとして片付けられたが被害者同士の共通点が見つかった」
マレーは手錠で掛けられていない左手で書類を数枚渡した、忘れもしない事件の資料だ。
「二十年前の魔導科学医療研究施設爆破事故の関係者だった。今朝亡くなったのは研究員の一人だ」
その話しを聞いた探偵の雰囲気が変わった。
「あれから二十年か…」
探偵は過去の記録を思い出した。
「ああ、あの頃は下っ端で上から事故処理をやらされたな」
「上が事故として片付けた。俺としては後味が悪い案件だ、今でも気にかかる」
「上層部が動かす前に俺に事件性があるかどうか調べる様頼まれた、どうだ引き受けてくれるか?」
探偵は暫く沈黙したあとマレーの方に向き右手をマレーの顔の前に突き出し手のひらを見せた。
「これで受ける」
「五十万?!ふざけるな、そんなには出せない」マレーは声を荒げた。
「あ、そう。じゃあこいつは要らないな」
そう言い探偵は鍵を見せつけながら窓を開け始めた。
「よせ止めろ、分かったから止めてくれ」
マレーは取り乱した。
「五十万、何とかするからこの通りだ」
探偵に頭を下げた、完敗だ。こいつには敵わない。
「お前が言うと冗談でもやりかねない」
探偵はニヤリと笑みを浮かべた。
「いいだろう、この事件引き受けてやる」
雨が霧雨になった頃、助手は買い物から帰る途中だった。
事務処理に使う備品や探偵に頼まれた品などを袋一杯に積め、傘を差して事務所に帰る所であった。事務所があるアパートの入り口に誰かがうずくまる様に座り込んでいるのを見かけた。
傘を差しておらず、紺色のフードで顔を確認できなかったが男のようだ。
助手は少し不安を感じながら男の横を通り玄関を開けようとしたがその手が止まった。
助手は男に近づいた。そして震える声で男に話しかけた。
「あの…」
助手は意を決した。