第4話
文字数 1,175文字
いつもどうり客はいない、バーテンはこっちの顔を見ただけで挨拶はない、いつもの席に着くと直ぐに丸い氷が浮かんだブランデーが目の前に置かれた、いつもどうりだ。
ブランデーを一気に飲み干した後、暫くして店の扉が開いた。
ぶかぶかな帽子を深々と被り丸眼鏡を掛け、顔全体を隠す様にコートの襟を立てた男が入ってきた。店に入るやいなや何も迷いなく探偵の隣の席に座った。
「もう一杯頼む」探偵はバーテンに催促した後、グラスに注がれるまで沈黙が続いた。
探偵の前に新しいグラスが置かれた直後、隣に座った男がよれよれの包み紙にくるんだ物体を探偵の前に置いた。
「じゃあこれで…」男が席を立ちその場をそそくさと店の出口に身体を向けだ瞬間
「おい、待てコラ」探偵は逃げようとする男の襟を引っ張った。なすがままに男は探偵の隣に座らされた。
ブランデーを飲みながら目の前に置かれた包み紙を手に取り重さを量るかのように包み紙を揺らした。探偵はため息をついた。
「何なんだこれは」
「何と言われましても…頼まれたものですが…」
「分かってる、俺が頼んだんだしっかりと覚えている。だからこれは何なんだ」
「ええっと…仰ってる意味が分からないのですが…」
「指定した額より少ないんじゃないのか?最低でも20枚ほど足りてないんじゃないのか」
「そ、それは…」男は動揺している。
「貴様、自分の立場が分かってないようだな。お前は俺に借りがあるのに恩を仇で返すつもりか」
「そんな、滅相も」
「別にいいんだぞ、新聞記者なら何人か知り合いがいるから食いつくぞ」
「そ、それだけは!」
「『時の有名作家、アイディアは他人から拝借!』って感じて一面に載るぞ」
男は崩れる様に席を降り探偵に土下座をした。
「どうかそれだけは勘弁してください。お願いします。来週にはまとまった額が入りますので、どうか…どうか…」
探偵はあからさまに悪巧みを企てる表情を浮かべた。
「今回は見逃してやる。だが、次回こんな小細工したらたれ込むからな、覚悟しろよ」
「はいぃ~絶対にしませんので今後ともどうかご助力を」頭を床に擦り付けながら言った。
「分かればよろしい。それにしてもなんだ、今回の作品助手とのロマンス?ないわー絶対にないわ。あと氷で作った鍵の話しとか俺が話したまんまじゃねえかよ。あとそれと…」
「やっぱり凄かったな」
就寝の支度を整えた助手は再度、自分の机に置かれた小説を手に取った。
表紙の挿し絵の主人公を見た。
(主人公のモデルっているのかな?もしいたらそっちの探偵事務所に乗り換えちゃうかな)
そんなことを思いながら床についた。
第8章
理想の探偵
完