第1話
文字数 1,007文字
印刷機が轟音鳴り響く工場内を探偵は工場長と共に足早に歩きながら会話する。
「仕事だよ!仕事!」
「もっとでっかく喋ろ!全然聞こえねー!」
「だーかーらー仕事だよ!探してるんだ!」
何となく工場長も分かったようで、着いてこいと顎で合図され事務所まで来た。
「それで仕事だと、どうゆう風の吹き回しだ。普段ならお前の所の助手が来るはずだろ。寄りにもよってお前が仕事をくれだと言うとは、今日は空から何か落ちてくるんじゃないか」
「あいつは今風邪を引いてるんだ、仕方ないから俺が来てやったって事だよ」
「助手を酷使し過ぎなんだよ。少しは自分でまともに働け。それはそうとそいつは何だ」
探偵が持ってきた布を被せた籠を指差した。
「今はほっとけ。それより仕事をくれよ、あるだろ」
工場長はため息をついた。
「分かったよ、実は…またなんだが…逃げられてな」
探偵は隙かさず籠を差し出した。
「だから何なんだこれは」
「ご要望のモノだ」
工場長は恐る恐る布を捲ると驚いた表情で直ぐに籠を開けた。
「あールナちゃん。お前こんなとこに」
工場長が赤子をあやす様な声を出し腕の中には灰色のデブ猫が抱かれていた。
「どうして分かったんだ、まさかお前が仕組んだのか」
相変わらず凄い剣幕で迫ってきた。
「おいおい勘違いするなよ。ここに来る前に酒場で一仕事した時に昨日お前の話を店員から聞いてな、かみさんが親戚の家に行って留守だと言ってた。どうせ羽目を外したんだろ、随分酔っていたみたいじゃないか。意識が朦朧としながら何とか家に帰ったが玄関でぶっ倒れて寝たんだろ、玄関の扉を開けっ放しで。今朝新聞屋が見たって言ってた。その時に逃げたのさ。お前の猫の行動範囲は狭いから探すのに苦労しなかったぜ」
工場長は呆気にとられていた。そうだろ、自分も驚いている。
ここの数日調子がおかしい。眠れない、頭痛、そんな事はどうでもいい、二日酔いよりかはまだましだ。おかしいというのは
勘が冴える
事だ。軍を辞めてから勘は滅多に冴えなかったがこの数日の間に勘が立て続けに働く。まるで軍人時代に戻りかけている様だ。
綺麗さっぱりに忘れたい過去だ。
「今回の報酬だが…」
「ああ、払うさ」
工場長は金庫から数枚の札を取り出した。
「普段の報酬と別に特急料金を頂く。最速で解決したんだ、それぐらい当然だろ」
「クソっ分かった、払えばいいんだろ、持ってけ」
「毎度〜じゃあな〜」
気分良く探偵はこの場を去った。