第1話

文字数 1,684文字

心地のよい日差しが差すお日柄、静寂な探偵事務所に

がやって来た。

「助手!今日の予定は!」
「はい!何もありません!」
「よろしい!解散!」
探偵と助手の暇をもて余した小芝居が終わった途端、お互いの本日の気力を使い果たし、助手はソファーで横たわり探偵は椅子に持たれかかった。
暫くの沈黙の後、探偵がボソッと言った。
「助手よ、暇だ。何かやれ」酷い無茶振りだ。
沈黙が続いた。仕方ない、やるか。
助手は立ち上がって右手を上げた。
「チャシャ・ブラウス、墓場に彷徨(うろつ)グール(屍食らい)の物真似をやります」
両手を伸ばし腰を落としたどたどしい歩みで低い唸り声をあげ室内を彷徨いた。
「…うぅぅ…あぁうぅ…」
(見てください、これが私の全力です)助手は訴えかける様に探偵に目線を送った。
探偵は冷めた目で見つめて鼻で笑った。
(ふっ何だ、そんだけか。そもそもお前には期待はしてなかったが非常に下らない。残念だ、俺が手本を見せてやる)
探偵は右手を上げた。
「ユベール・ロッシュ、洞窟に潜むサラマンダー(火吹きトカゲ)やります」
探偵を床に四つん這いになり舌を出しながらのろのろと歩き出した。
「シャーシャー」
(見よ、これが暇をもて余し編み出した技法だ)探偵は助手に見せつけた。
「…うぅぅ…あぁぁ…」
「シャー…シャー」
二人はお互いの後を追う様にぐるぐると回った。これは後に語られる異種物真似大会の幕開けだった。
その光景を扉が開きっぱなしの事務所の入り口から見たマレーが暫く言葉を失っていた。
「え…何?」ようやく言葉が出た。
二人はマレーに気づいた。
「…うぅぅ…うぅぅ…」
「シャーシュルルル…」
二人はマレーにゆっくりと近づいて来た。
「ど、どうしたの?えっ何?本当にどうしたの?」
「…うぅぅ…あぁぁ…」
「シャーシュルシュル…」
「やめろ…来るな…来るんじゃない!



「っで、どっちが良かった?」探偵は椅子に座ってマレーに聞いた。
「もちろん私の方ですよね」助手が珈琲をマレーに出した。
「あのねお二人さん、俺にそんなの振らないでくれる。見てたこっちの気持ちを考えてくれる?」
まだ混乱している。
「やっぱり俺のサラマンダーが一番だろ」探偵は勝ち誇った表情を浮かべた。
「何言ってるんですか。私のグールが可愛かったじゃないですか」
「もうよせ二人とも」マレーは二人を止めた。
「暇をもて余すと人はここまで堕ちるのか。まあ、ちょうどいいか。今日はお二人さんにプレゼントを持ってきた」

マレーの部下が二人かかりで巨大な段ボールの箱を事務所に運んで来た。
「よし開けろ」マレーは指示を出した。
中から四角い白い箱が出てきた。
「嘘だろ!マジか!」探偵は興奮した。
間違えない、黒い画面が見える。
「えっ本当に、嘘でしょ」助手は喜びを隠しきれず跳び跳ねた。
全体が現れ

はテーブルに置かれた。
「テレビだー!」二人は声を揃えて叫んだ。
狂喜乱舞、この言葉が今この二人によって作り出されたかの様だ。
騒ぎ、踊り、叫び、泣き喚く…
(俺は今何を見せられているんだ)マレーは呆気にとられた。
気をとられていると探偵が飛びかかりマレーの両肩を掴んだ。
「おい!マレー!マジか!マジなのか!マジでくれるのか!」
「お、落ち着け。一旦落ち着いて話を…」
今度は助手に左腕を捕まれた。
「マレーざーん、わだじもうひまで…」
助手が涙と鼻水が濁流(だくりゅう)の様に流れながら腕を離さなかった。
「チャシャちゃん落ち着いて、先ず鼻かもう鼻水くっついちゃってる…」
マレーはなだめるのに必死だった。
「ようやくお前も俺に恩を返してくれると思ってたぜ、見ろよこのテレビどこの電気屋でも…」
探偵は喜びの感想を言いかけたが何かが違うのを感じた。
テレビの側面にチャンネルを変えるダイヤルとスイッチがない。それに画面の前にタイプライターみたいな沢山の文字が書かれたボタンがついている。
「なんだ…これ…」探偵は興奮から疑問へ変わった。
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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