第1話

文字数 1,285文字

帝都の外れの住宅街にある探偵事務所に旋律が走った。

「今…何と?」
助手がまとめていた書類を床に落とした。 

「仕事したい」
机に向かって椅子に座り顎に手を組み探偵は真面目な顔で答えた。「仕事が欲しい」

空耳か?夢か?熱か?それともイタズラか?
「何でもいい、仕事無いのか?」
空耳ではない、落ち着け、ならば消去方だ。
自分の頬を引っ張る 痛い 夢じゃない。
探偵の額と自分の額に手を当てた 熱はない平熱だ、残すは…
「先生冗談ですよね、いつもの先生ならそんな事言わないですよ、普段すぐに遊びに行ったり昼寝したり競馬に行ったりする先生がそんな事言うはずがないですよ。そうですよ、先生は私をからかっているんですよね、だからこんなこと言って…」
一笑(いっしょう)して答えたが表情は変わっていない、本気だ。

「こないだの出費(BBQ)が思ったより痛手になった、このままだと来月のここ(事務所)と俺の部屋の家賃が払えない、今月末に金がいる。だから今すぐ仕事が欲しい」

本気だ、先生は本気で仕事をしようとしている。
「先生…私…私、先生がようやく仕事をしたいって言うのをどれだけ待ったか…」
嬉し涙が零れそうになった。いや、少し鼻水と一緒に零れた、そしてふと気づいた。

「先生、さっき何と」
「仕事が欲しいと」
「いやその前の」
「このままだと追い出される」
「冗談じゃないですよ!ここを追い出されたら私はどうすればいいのですか!路頭に迷うなんて絶対に嫌です!」
事務所の仮眠室が私の住居になっている、追い出されるのは困る。

「待って下さい、今確認しますので」
急ぎ仕事の依頼を確認したが予定表は白紙だった。助手は両手を床に着き落胆した。
「終わった、何もかも…」

落胆する助手に探偵は微動だもせずに話した。
「そういえば印刷所の社長が何か仕事がどうとか言ってたな」

それだ、助手に一筋の光が差した。
「私、社長の所にいってきます。仕事貰ってきます」鼻声になりながらそそくさと支度をし、自転車に乗って走り出した。

探偵は事務所の外で助手の後ろ姿を確認した後、通りの角に振り返った。そこにはハンチング帽をかぶった幼そうな少女がこちらを見ている。探偵は指先で合図を送った。少女は手を振り角へと消えた、数十秒後建物の角から黒塗りの車がこちらへ向かって来た、そして事務所の前に止まった。

この国では車はお目にかかる事があまり無いが今目の前に止まった車はそれ以上の物だ。高級感がより威圧感を感じる。運転席の扉が開いた、そこから先ほどの少女が降りて来て後部座席の扉を開けた。車内から黒のつばの付いた帽子をかぶり、黒いスーツを着た男が降りてきた。

右手には金属製のアタッシュケースを持ち、手首と取っ手に手錠がかけられている。

「あいつが戻って来るまであと30分ほどだ。用があるならさっさと済ませろ」
探偵は嫌そうに答えた。

「六年ぶりの再会じゃないですか、もっと喜びましょうよ叔父さん」
男は不適な笑みを浮かべた。



                  
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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