第4話

文字数 1,969文字

夜が更け、街灯のみが明かりを照らすアパート街をほろ酔い気分で家路に向かう探偵は先ほどのバーでの出来事を思い出していた。

「頼むユベール、お前の力を貸してくれ!今この国にはお前が必要だ」マレーは懇願(こんがん)した。
「上には了承してくれた。前の役職と階級を保証する。悪い話しじゃないだろう?今直ぐに決めてもらう必要はないがお前が嫌じゃなければ…」
「断る」探偵はきっぱり言った。

「ユベール、少しは考え直してくれないか。こんなチャンス二度とないぞ!だからもう一度…」
「俺はな…」探偵は語りだした。
「俺は(あそこ) で一生分の仕事をしたんだ。これ以上働かせないでくれ」探偵は言い切りスコッチを一気に飲み干した。
「用はそれだけなら俺は帰るぞ、それじゃな」探偵は代金を出すために席を立ちコートのポケットを漁ったが既にマレーが金を出していた。
「もう一杯だ」マレーは探偵を席に座らせた。

「ユベール、この国のおかれている状況は非常に深刻だ」マレーは真剣だった。
「この国は十年以上前まで鎖国をしてきたが今の皇帝が開国して他国との交流が始まった。他国から人や物、技術、文化、ありとあらゆる全てがこの国に集まって来ている。それは喜ばしい事だか、危惧する事態でもある。今帝都で広まっている技術、あれは全て他国からのものだ、車に電車、電話にテレビ。日用品だけじゃない銃や魔道兵器、うちの国では到底たどり着けない技術だ。」
二杯目のグラスが運ばれてきて探偵は手に取った。

「お前が言いたいのは分かる。この国が乗っ取られるんじゃないかと心配してるんだろ」
「これはまだ極秘なんだが二ヶ月前うちの使節団が科学技術を提供して貰ってる国から帰って来た奴らの話しを聞いたんだが…」
「あー、確か軍事国家の…名前なんだったか」
「あの国の技術力は、今うちの国にある技術などガラクタに過ぎないほどの骨董品だそうだ、この国に輸入している品物はガラクタを大金叩いて買ってた訳だ。我が国の貴重な資源をゴミ当然のガラクタと交換していたんだ」
「そりゃご愁傷さま」興味ない
「開国当時は大混乱だったんだ、確認する余裕はなかった。上層部がこの状況が続くのなら交易を制限せざるおえないと案が出てる、そんなことをしたらこの国初めての国際問題だ、ただじゃ済まない。下手したら戦争だ。そんなことが起きればこの国はすぐに滅ぶ、勝ち目はない」

「そこで俺に手を貸せと。ふざけるな、国同士の喧嘩に付き合っていられるか」探偵はまた一気に飲み干し、席を立とうとした。

「いや待ってくれ。お前に頼みたいのは国同士の問題じゃない内の問題だ」マレーは探偵の腕を掴んだ。
「この国ではまだ内戦や紛争が多発しているが、帝都にも犯罪や事故は少なからず増えている。海外からの人や物に規制はかかっているが、いつ何処で何が起きようが不思議じゃない。お前の力でテロや事件を防いでくれないか。お前が辞めたあと一気に件数が増えて大変なんだ。頼む、戻って来てくれ」

探偵はため息を吐いた。
「言ったろもう一生分働いたって、それに俺は探偵業が性にあってるんだ」
「もしかしてチャシャちゃんのためか」
「別にそんなんじゃない」
「じゃあ、甥のせいか?」
「あいつは甥じゃない、死んだ弟が拾った置き土産だ」
「お前の甥、軍のブラックリストに乗ってるからな、そのせいか」
「関係ないね」
「やっぱり、あれか…」
「…」
沈黙が続いた。
「俺たち、まだ何で生きてるんだ」



「今日の所は諦めるよ」
マレーはため息を吐いた。
「今日はご馳走さん、またな」
探偵は足早に店を出ようとした。
「ユベール」マレーは呼び止めた。
「あまり自暴自棄になるなよ」
探偵は手を振り店を出た。


気づくと事務所の前まで着いていた。一様、様子だけでも確認しよう。アパートの鍵を開け事務所の鍵を開けようとしたが鍵がかかってなく扉が少し開いていた。無用心にも程がある。恐る恐る明かりがついていない部屋の中へ入るとソファーで寝ている助手を見つけた。テーブルには皿に置かれたコロッケが一つ乗っていた、側にはメモがあった。

[夕飯のコロッケです
早くしないと食べますよ]

キッチンに無造作に置かれた包み紙を見た。
(四つ買って三つ食ったな)
探偵は助手の部屋から毛布を持ってきて被せ、自分は向かえのソファーでコロッケを摘まんで食べた。食べ終わると自分の部屋に戻りベッドで寝転び昔の記録が甦りながら睡魔が襲い意識が遠のいていった。

血まみれの室内…大量の死体…立ち尽くす自分…握られた斧と銃…殺した…この手で…



               第6章
             酒に溺れて
                 完
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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