第4話 前編

文字数 3,247文字

暫くした後、車は閑静な住宅地の一軒の家の前で止まった。

探偵は車から降りると周囲を見渡した。かなり立派な二階建て、ただ目の前の家の玄関に規制線を表すロープが貼られている。

「お前らはここで待ってろ」マレーは部下に指示した。ロープを外し玄関の鍵を開け中へ入った。
「さっきも言ったが死んでたのはこの家の主ジェシー・ビーン五十三歳、二階の書斎で倒れていたのを発見した。発見当時玄関裏口、窓という窓は全て閉まっていて、こじ開けられたり窓を割った形跡もない。完全な密室だ」
「犯人が鍵を持って外から閉めた可能性は」探偵は基本的な事を質問した。
「それはない、鍵は本人の所持品から見つかった」
だと思ったよ。

探偵とマレーは階段を上りきりある部屋の前にたどり着いた。
部屋の側面は本棚とびっちりと本が収まっていて難解そうな書籍ばっかりだった。日の当たる窓の側に机と椅子が一式、机の上は整理されておりタイプライターと燭台が置かれている。
「ちょうどこの部屋の真ん中で倒れていた」
マレーは床を指差した。
「死んだ男の今の職業は?」探偵は机を漁りながら質問した。
「事件の後は役所に勤めていた。魔術製品の流通規制をやってたらしい。それと机にあった書類やタイプライターのインクリボンも根こそぎ押収したから何もないと思うぞ」
「マジだ、ろくなもんがない」探偵は舌打ちをし漁るのを止めた。

探偵は部屋の入り口の側のテーブルを指差した。
「気になる事がある。何故燭台が机に置かれている、この燭台は部屋の隅の棚に置かれていたはずだ。だいぶ長く置かれていたらしい埃のあとが残っている」
「近所の住民に聞くと、昨晩停電があったらしい。その時に使ったんじゃないか」
「そうか」探偵は再度ぐるりと部屋を見渡した後、部屋の中央でしゃがみ、床に手を触れた。
「どうだ、お前から見て事件性があると思うか?」マレーの質問に探偵は考えてこんでいた。
探偵は大きなため息を吐いた後答えた。
「完全密室、被害者に不審な点がない。ただ…」
「ただ何だ?」
「俺の感だが…」探偵は答えを濁らせた。
「何なんだ言ってくれ」
「もう十万」
「は?!何でまた金をせびるんだよ。勘弁してくれ、もうこれ以上払えねえって」マレーは声を荒げた。
「分かった、悪かったこの件はこれで終わりだ犯人無し、病死で確定。さあ、事務所まで送ってくれ」探偵は立ち上がり部屋の外に向かったがつかさつマレーが腕を掴み引き留めた。
「待て待て待て待て。分かった分かったから、払ってやるから頼むやってくれ」
その言葉に探偵は机に向かった。
 机の前に立ち自らの懐からぐるぐる巻きに巻いた革製の布を取り出し机の上に広げた。
 布には大小様々な試験管、ピンセット、ナイフと小型の懐中電灯が付いていた。探偵はその中から一つの試験管と懐中電灯を取り出しだ。

「頼むカーテンを閉めてくれ」探偵はマレーに指示を出したあと試験管を蓋をしているコルクを取り何かを取り出そうとしていた。
「それは何だ?」マレーはカーテンを閉めながら気にした。
ピンセットの先には八面体の淡い緑色をした石を懐中電灯にかざした。
陽炎石(かげろうせき)っていってな光を当てるとそれまでいた人物や物の影が映る。長時間光りを当てると時間を遡って映る。超高級品で使い捨てだ。うまくすれば犯人が映るかもしれないが試すか?」
「分かった、思う存分やってくれ」
探偵は暗くなった部屋で扉に懐中電灯を点けた。

草緑色の明かりが照らす明かり先に黒い人影が二人立っている。
「今映っているのはこの部屋に入って来た俺たちの影だな、もっと時間を早めよう」
探偵は懐中電灯と石をテーブルに固定した。





やってしまった、何でこうなったの。
助手は火に掛けたやかんの前で頭を抱えていた。
部屋には先ほどまで事務所の前でしゃがみこんでいた男が立っていた。
(どうしよう、何か勢いで中に入れさせてしまった。そろそろ私も一人で事件を解決しようと思って事務所の前にいた困ってそうな人を連れ込んだのはいいけど…)
助手は恐る恐るキッチンから顔を出した。
男はその場で立ち尽くし、鋭い眼光で辺りを見渡している。
(私のバカ、どうしてあんな怖そうな人連れて来ちゃったんだろう)
ふと男の目線が助手の目と合ってしまった。助手は慌てた。
「ええっと、あの、も、もしよろしければソファーへどうぞ」
男はソファーを見るなりゆっくりと近づき腰掛けた。
「い、今、あわ、温かい飲み物を用意しますね」
(先生早く帰ってきて!)




「なあまだかよ」
マレーは大きなあくびをした。
探偵が照らしているのは床に倒れた人の影をずっと映しているだけだった。

初めは自分たちの影、その次に調査をする警察と遺体を移動させる姿忙しなく動き、そして第一発見者の影が映らなくなってから床に倒れた影だけが映る絵が暫く続いた。
「死亡したのは深夜なんだろ、時間的にそろそろだと思うが、あー暇だ」
探偵も眠気が襲ってきた。
その時にだった、床に倒れた人影が動き始めた。探偵は急ぎ懐中電灯を持ち石に明かりを当てながら角度を変えた。

被害者の影はゆっくりと立ち上がっていった。
「よし動いた、これで事件の謎が分かるぞ」
マレーは少し興奮していた。
被害者の影は胸を手で押さえ込みながら膝を着きそこから立ち上がり窓の側へ、そこからテーブルへと座った。

「被害者しか映らなかったな、病死なのか?今までの件は単なる偶然だったのか」
マレーは悔しげな顔をした。
「いや、待て。よく見ろ」
探偵が指差した先にはうっすらと映る被害者の目の前に立つ足跡と人影だった。
「これってなんだ」
マレーの眠気が完全に覚めていた。
しかし、足跡からの上を照らしても何も映らなかった。
「おい、どうなっているんだ映ってないじゃないか」
「い、いや俺に聞かれても…」
探偵は少し動揺していた。直ぐに懐中電灯と石を調べたが、これといって異常は見当たらなかった。
「分からないが一旦、足跡を追おう。何なのか調べてみよう」
探偵は足跡に光を当て時間を進めた。微かに見える足跡はゆっくりと来た道を辿るように歩き出したが、意外な結果に終わった。
「そんな馬鹿な!こんな事はあり得えるのか!」
マレーは驚愕した。足跡は本棚の先へと消えてしまった。
「待てよ、分かったぞ。この本棚は何処か隠し通路があるんだ。そうに違いない」
マレーは足跡が消えた本棚を調べ始めた。
「無駄だぞマレー。俺も一通り調べたがそんな物はなかった。この部屋は完全に密室だ」
「じゃああの足跡は何だ。故障なのか?説明してくれ」
マレーは探偵に言い寄ったが探偵は黙り机に両手を置いて考え込んでいた。
「もしだ、犯人がいなくてただの事故なら俺は別に構わない。だが、あの足跡が今回の事件に関わっているならどんな手を使っても構わない。犯人を捕まえてみせる」
マレーの言葉に探偵は考えがまとまった。
「お前の気持ちが分かった。こっちも全力でやろう」
「ありがとうユベール」
マレーは探偵に手を差し出しだ。探偵もそれに答える為に手を握った。
「最後まで付き合ってやるよ、もう十万だ」
探偵は笑顔でさらっと要求した。
「くっ、てめえ…分かった」

早速探偵は机に広げた布からもう一つの粉のような物が入った試験管を取り出し、上下に振りだした。次第にビンに入っていた粉が青白く光出した。探偵はコルク栓を取ると光の粒子がビンから溢れだした。
「おい今度はなんだ?」
青白く光る粒子は空中を滞留したのちある一定の形へと集まっていった。
「おい、これって…」
「ああ間違えない」
光の粒子が人の形に集まった一人は床に倒れた被害者。そしてもう一人、被害者の前に立っている
「こいつが犯人だ」
だが探偵は疑惑が深まるだけだった

                  
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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