第5話
文字数 2,129文字
俺が受け取った二つの遺産を奪うのが目当てだ。
親父が死ぬ間際に俺に遺産を渡した。
魔力の源、魔法の根源、叡智の結晶
賢者の石
言わずと知れた魔法の結晶。どんな魔法も使い放題、永遠の命も手にする事が出来る結晶。
そしてもう一つ、賢者の石の対になる物。
魔を拒絶し、あらゆる理を否定し無力化する
愚者の石
どんな魔法も魔術も無効に出来る、だが、所有者自身も魔力を使う物は使えなくなる。生まれつき魔力に縁がない自分にはもってこいの品物だ。
そしてその二つはこの場に持ち込んでいる、持ち込まなくてはこの窮地を乗り越える事が出来なかった。
毒の回りが早い、腕が痺れてきた。
六秒程でマレリアが助手の所にたどり着く。
あのヘタレは槍から手を離す寸前だ。
最初の一手はこれだ。
立ち上がりコートに隠した愚者の石でできた斧を手に取り最奥に座っているあの女に向かって投げ込んだ。
軌道は正確、見事に頭部に当てたがあの女には当たらなかった。
鏡だった
。あの女がいた場所は鏡でできていた。ただあの女が写っていた鏡が割れて後ろの肖像画に突き刺さった。
この展開、あの女には分かっていたのだ。割れる瞬間微笑んでいた。
もう過ぎた事だ、一秒たりとも無駄にできない。
「そいつを!寄こせー!」
ディエゴが斧に食いつき、槍の軌道がウィレムの方角えとずれた。我を忘れてテーブルに上がり駆け出した。
わざとあいつに見せるように斧を投げた。武器コレクターのあいつなら食いついて当然だ、単純で助かる。
槍はウィレムの正面に突き刺さり皿とテーブルを割り破片が飛び散る。
「この馬鹿!私の顔に傷がついたら…」
今まで浮かれて余裕のある顔が醜い顔になってる、ざまぁ見ろ。
ウィレムの前を獲物を見つけて追いかける獣の様に駆け抜けるディエゴ。
その跡を追うように自分もテーブルに上がり走り出す。
こちらに気づいたのが遅かった、視線をディエゴに移したのが運の尽きだったな。
取り出した小瓶の蓋を開け、ウィレムの顔に中身の液体を掛けた。
見事顔に命中、もがき苦しむかの様に顔を押さえて悲鳴を上げた。
「顔が…ああ…そんな」
液体が掛かった皮膚がドロドロと溶けて見るに耐えない朽木の様な皮膚が現れた。
先ずは一人目、自分お手製の愚者の石の粉末入り化粧落としが効いた様だ、ざまぁ見ろ。
突き刺さった斧に手をかけて肖像画から引き離そうとしているディエゴ。
「この野郎、さっさと抜けろ!」
ありったけの力を込めてもお前には抜けない。
「おいヘタレ」
「誰がヘタ…」
振り向き様、顔面に鋭い拳を一撃を食らわす。
鼻が折れる音が拳に伝わる、ディエゴの身体が三回転半回り床に倒れた。これで二人目。
「あんた馬鹿ね、選ぶ方を間違えたわよ」
ウィレムが顔を手で押さえて引きつった声で喋りだした。
振り返るとマレリアが助手の首元に齧り付いていた。
「さあマレリアさっさとこの田舎娘を食べなさい!」
だが一向にマレリアは微動だに動かなかった。
「何をしているの早く食べなさい!食べていいのよ!食べなさ!」
ウィレムの必死の声も虚しくマレリアが両膝を着いた。
斧を引き抜き助手とマレリアの場所に歩き出す。
「なっ何で…立ちなさい!食べるの!」
助手の首元を確認、歯型が付いて血が出でいるが大したことはない。
マレリアの様子を見ると目の焦点が合わず天井を見上げて笑みを浮かべている。
一番厄介だったのがマレリアだった。
蜂に二度刺されると強い拒絶反応を起こす。そう、助手には毒になってもらった。
その為に助手に愚者の石を摂取してもらう必要があった。
助手の空腹度に応じて食料配分と愚者の石の効果がどう反応するか大変だった、いかに愚者の石の粉末入りの紅茶を飲ませるかが今回の鍵だった。なにせ初めてだったもので。
マレリアはお茶会の際に助手の血を味わった、そして今二度目の血を吸った。
これに関しては賭けであった。二度噛みつく事は分かっていたが石の効果、持続、効力、即効性、恐らく人類史初の試みだったからだ。
「そこで寝てな」
斧の先端で額を突いた。重力に従い床に倒れた。
これで三人、全員片付いた。
コートを脱ぎ助手を包み痺れが残る肩に担いで部屋の外に向かう。
「待ちなさい!こんな事お母様が許すはずが、あぁ、そんな顔が…そんな」
玄関の扉を斧を突き刺す、徐々にに扉が開く。
雨が降り続いている。
見た目はただの雨だが塩酸に似た性質があり触れると焼き爛れ無事ではすまない。ロッシュ家が作り出した檻、湿地帯を抜けるのは到底脱出は不可能だ。
助手を下ろすには手間がかかる、仕方ないがこのまま突破する。
「ユベール」
背後から呼ばれた。
階段の上から暗闇と共にゆっくりと降りてくる。
敢えて無視して雨の中へ進み素早く斧を空へと振り投げた。
一滴一滴が溶けた鉛の如く熱い、だがすぐに済む。
雨雲にひびが入った。
「何処へ行くの」
割れて快晴が広がる。
「俺は帰る」
青空の下を歩き出す。
「ここが貴方の家よ、居るべき場所」
立ち止まり、斧を母親に向ける。
「これは推理でも予測でもない。
宣言だ
、次会う時はお前たちが死んだ後だ」「ここは貴方の家、貴方が生まれて育った家、私達家族の家、帰るべき場所、決して忘れないで」
不敵に笑う声を後ろに二度と戻らぬと心に誓って歩む。