第3話

文字数 1,018文字

店に入ると客は探偵一人だけだった。

カウンターにテーブル席が四つに小さなステージ、店内はジャズのレコードが流れている。

探偵はいつもどうりカウンターの奥の席に座り一息ついた後バーテンにいつものと言って頼んだ。酒が手渡されるまで店内のひび割れた壁に貼ってあるポスターやチラシを眺めた、全て音楽や演劇の公演の宣伝だ。

「お待たせしました」バーテンは探偵の前にグラスを置いた。スコッチのロック、丸い氷が入ったいる、いつもどうり。グラスに手に取り一口だけ放り込み、余韻に浸った、だがその余韻も長くは続かなかった。

店の扉が開き一人の軍服を着た男が入って来た。男は探偵の側まで歩き止まった。
「俺を差し置いて、既に酔っておいでですかな?」
「これはこれは大尉殿、まだこんなんじゃ酔わないぜ」いつもどうりの決まり文句を言った。
「元気そうで何よりだ、ユベール」
「マレー、お前もな」
互いに拳を軽く当てた。
「同じのを頼む」と注文しながら隣に座った。

マレー、士官学校からの同期で腐れ縁である。

「三ヶ月ぶりだな、麻薬(ヤク)の取り押さえの時以来か」
「あれは失敗しただろう」
「でも何人か捕まえただろ」
「まあ、あれのお陰で来月昇進することになった。晴れて少佐だ」
マレーの前にグラスが置かれた。
「太鼓持ちだけじゃ俺の階級は越せないぜ」
「お前がいれば直ぐに天辺に上れるさ」
「へっ、そんなに甘くねえよ。俺に頼りきりのくせに、そのうち転げ落ちるぞ」
「言いたい事言いやがって…」
二人はグラスを手に取り乾杯した。

「お前んとこの仕事は大丈夫か、上手くやってるのか?」マレーは尋ねた。
「まあ何とか」探偵は鼻で笑った。
「ちゃんとやって行けてるのか、お前の所の助手ちゃん、えっと名前が…」
「チャシャ」
「そう、チャシャちゃん。ちゃんと飯食わせてやっているのか、それと変な事させてないだろうな、まさか手なんか出して…」
「いやそれはない」探偵はきっぱりと言った。
「本当か?今度一緒に誘って来いよ。飯でも奢ってやるぜ」
「頼むわ」マレーの財布破産確定。探偵は一気に飲み干した。
「それで、今日は何の用で呼び出したんだ。また仕事の依頼か」

マレーはグラスを置きため息をついた後、真面目な声で答えた。
「依頼しに来たんじゃない。頼む、戻って来てくれないか」
グラスに入った氷が溶けて動いた。


                  
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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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