第2話

文字数 1,411文字

数時間前、酒場での出来事

昼下りに飲んだくれ共がいる場に探偵はいた。

「へー、そんな事が」

「そりゃ凄く上機嫌だったよ、五月蝿いかみさんがいなくて自由だって」

探偵は酒場の店員から情報を仕入れていた。

「いい話だったよ、また今度も頼むよ」

「それぐらいお安い御用さ。それより何か飲んでいくかい?」

「そうしたいんだか生憎酒を飲みたい気分じゃないんだ。炭酸水でもあるかい?」

「あんたにしては珍しいな、今出すよ」

「それと奥の席を使わせてもらってもいいかい?これから人と会うんだ。込み入った話になるからあまり目立ちたくなくてね」

今の時間なら何処でも構わないと言われたのでお言葉に甘えて奥の席を陣取らせてもらった。

数十分後、お目当ての相手が来た。

灰色のコートを襟を立てて着て、帽子を深々と被り眼鏡を掛けた男だ。

自分が手招きをしたら足早に近づき席に座った。

「遅いじゃねえの大先生、せっかく呼んでやったんだから五分前行動は当たり前でしょ」

「すいません、担当者と打ち合わせがあって…」

「そんな事よりこっちの方が大事な事だと分かってるでしょうが」

「それは…」

「大事なネタがないと小説、書けなくなっちゃいますよねー」

かなり強めに当たり動揺を促した、勿論効果は抜群だった。今にでも土下座でもしそうな反応だ。

この男は小説家である。

彼が書いた推理小説は売れに売れ、今では新作を出版したとなると本屋に長蛇の列ができる程だ。

うちの助手もこの男の小説に酷く敬愛している。

だがこの男の小説には偽りがある。

この男が書く小説の中身はほぼ全て俺の経験談だ。

呪いのからくり人形殺人事件、泉の妖精の神隠し、死体なき殺人事件、時間停止の部屋、夢を奪う泥棒事件、等など数え切れない程のネタをこいつに提供した。

最初はいつもの酒場で一人で飲んでいた時酷く泥酔したこの男を見かけた。

自分は小説家で何も考えが出ない、もう駄目だおしまいだとうなだれていた。

その時自分が面白半分で金と引き換えにネタを売ってやると言ったら飛びついてきた。

その後、新聞の短編小説欄にその男が書いた小説が掲載されていた。

それから自分は定期的にこの男にネタを売ってやっていた。そしたらみるみるうちに売れっ子小説家になっていて俺に頭が上がらなくなっていた。

「ちゃんと持ってきただろうな」

男は懐から分厚い封筒を差し出した。

厚さで分かる、少なすぎる。

「何の冗談だ」
威圧感を高めて攻めた。

「流石にあんな額用意出来ませんよ。普段の倍以上じゃないですか」

こいつの遊び癖はよく知っている。稼げるようになってから金遣いが荒くなっているのを把握済みだ。

「大先生よ、あんたちょっと調子乗ってるんじゃないの?それで俺を舐めてるのか。別にいいぜ、俺が出るとこ出てあんたの名声を落とすことだってできるんだぜ。それでもいいなら全然構わないけど」

「勘弁してください!今月はこれが精一杯で…来月までには何とかしますので」

随分と参っている様だ、周りの目等など気にしていない様子だ。

正直に言うと今回は額などどうでもいいのだ。さっさとけりを着けるつもりだ。

びくびくと震える男にぼろぼろの手帳を投げ出した。

「くれてやる。俺が知っている事件の経緯と結末をまとめたやつだ」

「え…」
男は呆気に取られていた。

「特別にこの額で売ってやる。その代わり」

自分は札束の入った封筒をポケットにしまい込んだ。

「金輪際、お前とは縁を切る。他言もしない。これからはお前自身で考えろ」

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登場人物紹介

探偵 ユベール・ロッシュ・Jr.

ろくに仕事もせず酒に博打(主に競馬)、闇市巡りで暇をもて余す元軍人の主人公

普段はダメ人間だが驚異的な推理力と洞察力を持っており、その力は未来予知、千里眼に抜擢する

だが本人は無気力な為、普段は発揮せず、極所的な場面や気まぐれで発動される

よく競馬場で膝を突き崩れ落ちる姿を確認される

助手 チャシャ・ブラウス

探偵事務所で探偵がやらないこと(全部)をこなす健気な少女

孤児院で育ち、都会の生活に憧れて卒業後、就職先が見つからずさ迷っていた所を探偵に拾われ事務所の一部屋に住まわせてもらっている

天性の才能なのか初対面の相手でも友達になることができる

食い意地で腹が減ると人格が変わる

マレー

軍人 探偵とは士官学校からの同期で腐れ縁

太鼓持ちで世渡り上手で事件事故の対処など上官や部下からの評判がよく、順調に昇進している

その実態は探偵に頼み込み事件や事故を解決している

最近の悩みは彼女ができない事

「顔は悪くないと思うんだか、地位も金もそれなりに…」

助手曰く「なんと言うか…残念な雰囲気がするからじゃないですか?」

黒雨(こくう) 怪盗

二十年前に国内を騒がせた怪盗

魔術を駆使してこれまでに盗み取れなかったものはないが、盗まれたものは出所不明の作品ばかりで評論家の間でも謎を呼んでいる。

最近になりまた活動し始めたが当時の黒雨なのか、又は模倣犯なのか軍警察で調査中である

商人 ???

探偵の義理の甥 

常に黒いスーツを着こなし、右手首に手錠で繋がれた金属製の鞄を持っている

ただならぬ威圧感を放し、死線を潜り抜けてきた探偵でさえ油断すれば恐怖に飲み込まれるほど

目的の為ならどんな手段も問わない

国の要注意人物に指定されている

彼の過去については探偵ですら知らない

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